時空香
第1話
白き庭に残された二人は、やわらかな影を落としている巨きな羊歯の葉陰に、並んで腰をおろした。
王子はていねにノアの腕に包帯を巻いてくれた。
さきほど蔓植物に巻きつかれたところが赤く痣になっていたのだ。
包帯といっても王子が持っていたのはとても肌障りのよい極上の生地を使っているもののようだった。
巻き方はきつくなく、ゆるくなく、きれいにノアの腕は白い布で覆われた。
「器用なんだ。王子さまてって、自分では何もしないものだと思ってた」
「ここでは、王族といえども、できることは自分でやるんだ。自分で判断し、自分で先頭にたって動かないと、人はついてこない。この国では、王が絶対で良い統治をすれば国も平和。でも、独裁に走れば革命や戦争が絶えなくなる」
「わたしたちの世界でも、歴史で知ることは似ている」
「きみの知っている歴史とぼくの知っている歴史は王国に関しては似てる思う。でも、ここは、きみの住んでいる世界ではない。だから、自分の経験や知識に頼りきるのは危険だ」
言われてみればそうだった。
そうした勘違いや行き違いは、日常でもよくあることではないか。
王子の言葉はノアには素直に入ってくる。
「はじまりは、時空双子を望まなくても、自由に時空渡り、きみの世界でいうとおろのアロマダウジングできる物質がこちらの世界で発見されたことなんだ。正確に言うならば、その製造法が見つかったことだった」
王子は遠い一点へ目を据えて話し始めた。
「ぼくたちの国では、時空渡りは、特別な、選ばれた存在だけができることだと思われていたんだ。そして、その選ばれた存在が、王、ただ一人とされていた。当然、王の権力はそれによって強化され、ひとたび王の逆鱗に触れれば、王はそのわざを使って、その者を葬り去る。それは、一瞬の出来事で、傍で見ている者にとっては、本当に神わざとしか見えないものだ」
王子はそこで言葉を切ると、少し考え込むような表情になった。
「これは、一つは、時空香、もう一つは、ロータスの香油。いずれも、時空渡りの魔法には欠かせない香料。これのおかげで、ぼくはきみといっしょにこちらへ渡ることができた」
王子は首に下げた二つの革の袋に触れながら言った。
それからロータスの香油を一滴指に垂らすと、ノアが首にかけているカモミールのリースに触れた。
ふわりと甘く青いリンゴの香りがたち、見る間にドライになりかけていたカモミールが生気をとりもどしていった。
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