第6話

「ま、アシッドアンバーを手に入れるまではややこしいことにはしたくないんでね、もうちょいこのままおとなしくしてるんだな」


 カストリウムはそう念を押して、あっけなくノアから離れてロータスの方へ飛び跳ねていった。


「ノア」


 その時、ノアの耳に囁くものがいた。辺りを見回したが人影はない。


「おい、おとなしくしてろって言っただろ」


 ほんのわずかな動きも見逃さず、カストリウムが再び目の前にもどってきた。

 カストリムはノアの肩を乱暴に押した。

 ノアはとっさのことにかわしきれず、後ろに倒れそうになった。

 と、ノアをしっかりとした腕が抱きとめた。


「王子、アラバスター!」


 カストリムが目を輝かせて叫んだ。

 声は響き渡ったが聖餐に夢中の森の子らも集中し司っているロータスもまだ気付いてはいない。

 王子はノアをそっと押しやると同時に、カストリウムの懐に跳び込んで首筋に親指をあて、何かつぶやいた。

 直後、口を開いても声が出ないカストリムは、やがて苦しそうに咳き込むと丸くなって地面に転がった。


「死にはしない。しばらくの間大人しくしていてもらっているだけだ」


 王子が言った。

 言葉数少なく行動が的確で素早いところはノアとはまるで違っている。


「だれだ」


 と、鋭い声。

 ロータスがこちらを見ていた。

 ノアはびくりとして息を潜める。

 ロータスは呪文を唱え始めた。

 先ほどまでで使い果たしたのか、残りわずかな力を振り絞っている感じだ。


「月の光姫、白き花王子、行け」


 ロータスの命令に、絡み合ったつる植物がうねうねとうねりながらこちらへ伸びてきた。

 それらはノアに手を差し伸べているといった具合に親愛の情をそのうねる仕草で見せ、ノアは思わずつるに触れてしまった。

 王子が止める間もなかった。

 と、にわかにつるから新しいつるが延びノアの腕に巻きつき締め始めた。


「え、痛」


 ノアの手首の静脈に、つるの先が刺さっていた。

 抜けない。

 抜こうとすると痛みが増す。


「なに、これ」


 つるの締め付ける時にリズミカルな音がする。

 微細な音波、何か信号のような語りかけてくるような、脈に送られる液体が侵蝕していく。

 しびれる、だめ、何だろう。

 嫌悪感はない、痛いのに、痛い、のに、痛みは薄れていく。

 月と花と、色彩が消されていく、きゅるきゅるという音だけが響いていく。




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