第5話
「あれは……」
ノアは思わず身を乗り出しそうになったが、場に緊張感が満ちているのに気付き、我に返ってとどまった。
「まさか、アラバスター」
だったら、一刻も早く、声をかけてたい。
けれど、ノアは、今ここでなすべきことを思い浮かべることができなかった。
副神官のロータスには、以前あった時とは違うひんやりとした気配が漂っていたのだ。
それに、カストリウム。
はしっこそうな彼に、すぐに捕まってしまいそうだ。
「おや、またお会いしましたね」
ふいに声がして、ひやりとした手がノアの頬に当てられた。
「だめだよ、勝手なことしちゃ。森の精霊の唯一の楽しみなんだから、アロマ因子の晩さんは」
ノアが振り向くと、見覚えのある姿が立っていた。
カストリウム、ロータスの付き人だ。
浮かべた笑みの邪悪さに悪寒が走る。
「もし、きみがやつらの楽しみを取り上げようってんなら、そうだな、アロマ因子を煉って剣にしてぶち刺してやろうか」
カストリウムは自分のこめかみに指先をあてて、うれしそうに舌なめずりした。
自分が発する邪悪な念に酔っているようだ。
「ロータスはきれい事言ってるけど、要はアシッドアンバーを手に入れるのに手段を選ばないやつだってことさ」
「でも、生成するのにはそんなことはしないはず、溶鉱炉で琥珀を溶かす時にできるのだって、説明されたわ」
ノアは気力をふり絞って反論した。
「より効き目がある方が、相手に脅威を与えられるだろう。それに、高く売れるし」
カストリウムは邪まな笑みを浮かべた。
それにしても、なぜこんな邪悪な存在を副神官は付き人にしているのだろう。
「ロータスはこの儀式の間はあの場を動けない。アシッドアンバーが生まれるまで場に結界をはってあいつらが勝手なことしないように監視してなけりゃならないのさ。あいつらはすぐに自分たちが神官に生かされてるってこと忘れるからな」
わざとらしく肩をすくめるとカストリウムは話を続ける。
「まあ、それほど大きな力を必要とするのさ、アシッドアンバーを手に入れるには。なにしろ、不老不死薬としても使えるっていう時空香の原料という噂だからな。かけらでも手に入れられれば、こんな付き人暮らしともおさらばさ」
カストリウムは鼻を鳴らすと、ノアの額に自分の額をくっつけて、
「そっか、おまえは、王子の時空双子なんだっけ。だったら、おまえを葬ってしまえば王子も危うくなるんだよな。王子がいなくなったら、こちらの世界は大混乱。どさくさにまぎれて、好き放題」
それは、困る。
ノアはカストリウムに強い視線を向けた。
自分が安易に自分を危険にさらすと時空双子も影響を受けるのだということを自覚しているノアは、この場を切り抜ける方策を探った。
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