第5話
「お待たせしました」
礼基がもどってきた。新しい白衣に着替えている。
「では、礼基くん、頼んだよ」
夢惣にうなずいてみせてから、礼基はアロマダウジングに使うDオイルなどを保管してある香棚をちらりと確認した。
「さあ、ノア、手をだして。左手」
ノアが手をだすと、夢惣は左手の薬指の爪の先を小刀で起用に削ぎとった。
「うん、なかなかよい健康状態だね」
夢惣は、それをオイルに浸した。
そのミネラルアロマオイルは、ノア用に調合されたものだった。
「オイルは刻々と変化していく。けれど、変化してしまってはもどってこれなくなってしまうからね」
夢惣はここは大事な留意点だと続ける。
「だから、ある一定の時間は変化しないように、最後にアロマ因子を固定する物質を入れる。つまり、香りを縛るんだ」
「香りを縛る? 」
ノアは思いがけない説明に驚いて反芻した。
「アロマダウジングの時、時間感覚はこちらにいる時と違うから、時間切れになる前にこれが変化を始めてそれが警告となるようになっている」
夢惣はノアに言い含めるように穏やかに言葉をつづる。
「アロマダウジング用の手甲指環腕輪。指輪の部分は、クリサリスのリングだ」
黄金を生むシダを燃やした灰を混ぜたガラスでつくるクリサリスのリング。
腕輪から白金の細い鎖が伸びて指輪とつながっている。
指輪はトップ部分が蝶のデザインだった。
ペンデュラムヒーラーの凍汰がノア専用につくってくれた初めての装具。
そう、本当はこの装具がなくてはアロマダウジングは成功しないのだ。
練習とはいえ、自分ながら無謀な試みをしていたんだとノアは肩をすくめる。
けれどそんなことより凍汰がつくってくれたものを身につける、そう思うと心強いようなでも気詰まりなようなどちらともつかない感情になってノアは戸惑った。
「左手にはめるんだよ」
夢惣に言われてノアは、まず指輪を左手の薬指に嵌めた。
そして、次に腕輪をはめるとはめた途端に腕輪のつなぎめが消え白金の幅1センチの腕輪に細かな文様が浮かび上がった。
「これ、古代タムリ文字? 何って書いてあるのかな」
「お、それが古代タムリ文字ってわかるとは、なかなかなもんだ」
夢惣がうれしそうに言った。
「実は、何て書いてあるかは、わからないんだ。だいぶ研究書をあさったんだけどね、謎が多くてね」
「え、だって、」
「凍汰くんが仕上がり具合を見るのに自分の腕にはめてみたら、天啓を受けたかのように浮かび上がったんだそうだ」
夢惣は自分の手首を指さしながら言った。
「その時は、すぐに文字は消えて、はずれたらしい。どうやら、その装具は、自分の主を識別するらしい」
「なんだか生きものみたい……」
信じられない、といった表情のノアを促すように
「さあ、では、実技指導。手をだして」
と、夢惣は言葉を継いだ。
ノアは左手を差し出した。薬指にはめられたクリサリスのリングの指輪は、眠っているように静かにノアの指に納まっている。
「では、いいかい。私の前に立って。何があっても、振り返ってはいけないよ」
リングの蝶の背が小さくくぼんでいる。そこにオイルをたらしミネラルストーンでふたをする。それで準備完了。
夢惣の右手が心臓に置いたノアの右手に重ねられる。鼓動が手を伝ってノアの不安が夢惣に伝わっていく。
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