第4話

「さて、礼基くんがもどってくる前に、おさらいをしておこう。言葉での説明だとあくまで想像の域を出ないけれど、それでも全く未知の領域へ足を踏み入れることになるのだから、少しは予備知識があった方がいい」


 夢惣は言いながら空中映写機のエアフォトグラファーのスイッチを入れた。


「きれい……」

「これは、何だか、わかるね」

「虹」

「そう、虹はなぜ七色に見えるか、知っているかな」

「え、と、光の屈折率の違いで、七色に見えるんです」

「そう、正解」


 夢惣はおもむろに次の画像を映す。


「螢」

「螢の光はどうやってつくられているかわかるかな」

「うーん、と、光る成分を分泌して、体温をあげて発光させているのかな」

「そう、だいたいあっている。正確には、ルシフェリンという物質が酸化する時に発光するということなんだ。つまり酸化という化学変化を伴なう時にも光は出現する。光は、エネルギーなんだよ」


 ノアはうなずく。


「さて、ここで肝要なのは光の行動パターンなんだ。光は物質にあたると、透過、反射散乱、吸収される。それによって、人の目に『色』という知覚を覚えさせる。『香り・におい』の行動パターンをそれに模することによって人の目で知覚できるようなる、それがアロマダウザーの技能の一つなんだよ」

「す、すごい」

「そう、なまじなシックスセンス、つまり第六感のようものなんかじゃなくアロマを目で知覚する。これは基本の一つ。それができれば自分の肉体を保つものをアロマ因子と絡めて感じられるようになる」


 魔法の杖の一振りや呪文といったあやふやなものではないと、夢惣の語りをきいているとアロマダウジングの確固たるイメージが脳に刻み込まれていく。


「肉体は流動的な分子がアロマ因子によってつながりあって保たれている。それが、アロマダウジングにおける肉体の考え方。だからアロマ因子を自在に扱えるようになれば、一度故意に分解した肉体を異空間に移して再構築できるんだよ」


 それでも実際にその状況を思い描くと魔法でも使わなければできないようなことではないかとも思われてくる。


「か、かなり、無理そう」


 詳しく説明されればされるほど頭ではなんとなく理解できてもノアの気持ちはなかなか追いついていかなかった。


「そうでもない。頭だけで考えてしまうと、そこで考えが固定されてしまうからね。あまり深く考えないで、知識はあくまで知識として、それをいかに自分が体感して使いこなすかがだいじなんだよ」

「夢惣おじさんは、でも、できるのよね」


 夢惣はにこにこしながらうなずいてみせた。


「精神は実体化されないものだから、移動する場合のエネルギーは比較的少なくてすむようにも思えるけれど、底知れない密度があるからね、重いんだ。肉体よりもずっと。ただ、集積情報として送れるから、肉体のように、いったん別のものにして送ってまたもどず、という過程がいらない分、移しやすいともいえる」

「すごいことなんだ、アロマダウジングって」


 ノアは両手をぎゅっと握りしめた。


「そう、アロマダウジングは、人の叡智えいち賜物たまものなんだよ」

「エイチノタマモノ……?……」

「人間が探求心を尊んだ結果ってことだよ」


 そう言いきった夢惣は、やさしい叔父から偉大なる師匠へと変貌していた。


 そうなのだ。


 このギャップにノアはいつだってどきりとさせられる。


 その変貌の謎を知りたいということもあって、ノアは夢惣のそばで学んでいたいと思っている。







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