第7話

 その夜、夢見が悪く夢の中でにおいの洪水にむせて、ノアは真夜中に目を覚ました。

 そんな時の為に、香り酔いの酔い覚ましのダルシロップとミネラルウオーターを机に置いてある。

 コップに注いだミネラルォーターにダルシロップを三滴たらす。それをタンブラーでかきまぜて、ゆっくりのどで咀嚼するように飲む。

 ふーっとため息をついてノアはベッドに仰向けに倒れこんだ。

 と、ミニソファの上のクッションで丸まっていたポワゾンが、耳をぴくつかせ、目を覚まし、顔をこちらに向けたのだった。


「ごめん、ポワゾン、起こしちゃった」

「いいえ、ノア、こちらこそ、心配をかけしてしまったね」

「心配なんて、え、ポワゾン、ポワゾンが、喋ってる? 」

「こんばんは。ノア。ぼくのこと、覚えてないかな」

「覚えてって、だって、ポワゾンはわたしの猫で、覚えてるもなにも、あれ、でも、もしかして」


 ノアは壁に並んだフックの一つにかけた、花の首飾りを見やった。


「もしかして、あなたは、わたしにこれをくれた」

「思い出してくれたみたいですね。ノア、首飾りをかけてください」


 ノアは言われるままに首飾りをした。すると、ふわり、とたつカモミールの香りに脳が刺激され、ふうっと意識が薄れた。


 カモミールの香りが脳の一点に向ってじわじわと入り込んでくるのがわかる。

 さっき飲んだばかりのダルシロップの効果で雑念ならぬ雑香は届かない。

 カモミールの香が脳のその一点に到達して全体に拡散した途端、ノアの目には少年の姿が映ったのだった。


「あの時の人、ね」


 ノアの声に少年はうれしそうに答える。


「ノア、よかった。本当に。きみが気づいて、心にかけてくれていたから、もう一度会うことができた」


 ノアは自分がパジャマなのに気づいて慌てて椅子にかけたカーディガンをはおる。それから改めて少年の姿を眺めて、ノアはおかしなことに気づいた。

 少年の姿は、ところろどころが透けているのだ。そのうえ、声はすれども少年の口は動いていない。


「え、と、あの、わたしは、アロマダウザーだから、だいたいのことは知っているのだけれど、でも、こうやって、ちゃんと向こう側の人と会うのは、あなたが初めてで、だから、なんというか、どうしていいのか……」


 ノアは自分を落ち着かせようとしながら、言葉をかみしめながら話している。


「時空双子の世界論に従うならば、あなたが望むのであれば、わたしはあなたを助けることになるのだけれど、あなたが、時空双子であるならば、尚のこと、ただ……」


 ノアは口に言葉を出すことによって話を整理しようとしたのだが、自分でも何を言っているのか少々混乱していた。


 こんな真夜中で、しかも夢惣はいない。


 一人でこの事態に向き合わなければならないのだから。



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