第2話

 花摘みの日だから、叔父の夢惣むそうはラボルームにはいない。 

 ラボルームとは、ラボラトリー・アンド・レッスンルーム、すなわち夢惣が営んでいるアロマダウジングの研究とレッスンをする場所を略した言い方だ。

 アロマダウジングに欠かせない香油ミネラルアロマエレキシルを作るのに新鮮な植物は欠かせない。植物以外の材料もそれぞれに最適な日を見計らって夢惣は採集に出かけている。


 留守番をしていたところ、起こってしまった出来事。

 アロマダウザーとして感度のいいノアは、ふっと気を抜いた瞬間にナチュラルにアロマダウジングをしてしまっていたのだった。

 たまたまラボルームに来た凍汰が見つけてくれたからよかったものの。


 ややこしいことが起こらなければいいのだけれど……と、思っていた矢先にこの始末。

 

 ごめん、夢惣おじさん。


 ノアは心で呟いた。

 それから、叔父の夢惣が帰ってくる前に、ラボルームの清掃を済ませておかないと、と起き上がろうとして脳を貫くような痛みに思わず声をあげてしまった。


「あ、痛っ」


 ノアの声に、テーブルに座って郵便物を仕分けしていた凍汰が顔をあげた。


「半人前は、らしくしてろよ」


 怒ったような口調。

 いつも凍汰は不愛想だ、そう、誰に対しても。

 不愛想とはいっても、とげとげしているわけではない。

 礼儀正しいし、さりげなく親切だったりする。

 だから、多少怒ったような口調でもいつもはそんなに気にならない。


 けれど、今日は違った。


 自分はやらかしてしまっていたからだ。


 叔父からいつも気をつけるように言われていたにも関わらず……


 半人前なのは誰よりも自分でわかっているだけに、他人に言われると余計へこんでしまう。

 相手が生まれ月が先とはいえ自分と学年は違わないのに、アロマダウジングに不可欠な装具ペンデュラムの工匠として一人前の仕事をする凍汰からの言葉となるとなおのこと。


「ラボルームのおそうじしとかないと」

「今日は予約入ってない」

「でも、わたしの仕事だから」

「だったら、なおのこと、その頭痛おさまるまで寝てろよ」


 もっともな答え。


 さっき見せてくれたカモミールミルクのやさしさは幻だったのかな、と、ノアはため息をついておとなしく目を閉じた。


 それにしても、アロマダウジングからもどってくると、いつもこの頭痛に悩まされる。

 たとえて言うなら、飛行機に乗った時のジェットラグか船酔い。

 この頭痛がとれないうちはだめなのさ、と叔父の夢惣は笑いながらノアに言っていた。

 

 ここは、原因不明の心身症の原因を見つけるのに、ノアの叔父夢惣がはじめたアロマダウジングでの準カウンセリング施設だった。

 医師ではないので医療行為はしないが心理関係の公的資格は取得しているのでカウンセリングの看板はあげられるとのことだった。

 世間ではまだごく一部にしか認知されていないが、アロマダウジングは香りを使って心の調整の手助けをすることなんだと叔父の夢惣はノアに説明していた。

 手助けは、失せもの探しから、うさはらしまで、さまざまだ。

 失せもの探しと心の調整って関係あるのかなと以前ノアがたずねたことがあった。


「そりゃあ、心の不調なんてのは、ちょっとした気がかりから始まることが多いからね」


 夢惣は片目を瞑ってみせた。


「そういうちょっとしたことに敏感なのは、悪いことじゃない。でも、それが日常生活を侵食するようになったら、大変だろ。だから、アロマダウジングでちょっとした手助けをするっていうのは、だいじなことなんだよ」


 夢惣の説明に、ノアは、なるほど、と思った。

 実際はもっと複雑な部分があるらしいというのは、夢惣がそのテーマで研究論文をずっと書き続けていることからも察することができた。




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