第3話
「あくまで仮説ではあるが、
ゆえに、星の住人である一人一人の人間の心身の状態がその人間の行動を制御し、その人間のとる社会活動を制御する。
その制御がうまくいけば社会は安定し、ひいては星の環境も安定するが、心やからだが不調の時は、たいていそのもう一人の自分が危機に陥っており、それはその星の環境に影響を及ぼすので、もう一人の自分が助けを求めてきたら何をさしおいても助けなければならない。
それをせずに放っておくと、結果、各々の星の安定が失われ、戦争や環境破壊などにまで至ってしまうことになる。
そうならないようにする為に必要なのが、アロマダウジング、即ち香りによる心理探求である。
ゆえに、アロマダウジングは、この混迷した世情において、今後重要な位置を占めることになるであろう」
ノアの叔父夢惣が香域心理探査学界で発表した論文は、こんな内容だった。
最も、時空双子に会わないまま一生を過ごす人もいるし、時空双子の求める助けの声に気づかないまま過ごしてしまう人もいる。
何度も遭遇する人もいれば、たった一度だけという場合もある。
確実にわかっているのは、初めての遭遇はたいてい多感で過敏な年頃、すなわち思春期に多いということだった。
ノアは、十二歳。
正しく最も出会う確立の高い年頃なのだった。
時空双子との遭遇の中でもせつなる救済を求められての場合、たいていはとんでもないことに巻き込まれてしまう。
そんなとんでもない場面に手助けをするのも、アロマダウザーの大事な仕事だ。
とは言っても、さすがに初級クラスでは無理だ。
上級クラスの仕事になる。
これらはまだメジャーな考え方ではない。
たとえそれが事実であっても、人は自分が信じたいものしか信じない。
ましてやあまりに突拍子もないこととなれば、たとえ自分が体験したとしても、それは自分の頭がどうかしてたのだとか、催眠術にかけられたのだとか、なにかしら理由をつけて無視をきめこむ。
よくて敬して遠ざける。
夢惣の論文も発表当時はあまりに突拍子もない仮説であるということで、一笑に付されてしまった。
ノアも大好きな叔父の夢惣がこの生業に携わっているのでなければ、やっぱりそちら側にいたかもしれない。
夢惣の人となりは、ノアにとって絶対だった。
それと、これは夢惣のモットーで、あくまで手助け、治療はしないとのことだった。
原因さえわかれば、あとは自分で意識して治さないと、病気ではない心のほころびは治らないからというのがのが夢惣の持論だった。
最も夢惣は医者ではないので、治療してはいけないのだ。
クライアントの様子や要望によってアロマダウジングを行う。
夢惣はちょっと変わりものだけれど、子供の頃からにこにこと愛嬌があって人当たりがよかった。
お人よしって方が当たっているのかもしれない。
その人当りのよさからなのか、そこそこやっていけるだけの収入にはなっているようだった。
『アロマダウジング ラボラトリー アンド レッスンルーム』
何処から調達したのか、古木の板に筆で文字の書かれた見るからにあやしげな看板。
夢惣は、いわゆる診療所とは違うので、クリニックとかかげるわけにもいかないとのことで、その道の創始者だからと、最初は道場にしようとごくあっさりと決めようとしていた。
けれど、それだと柔道とか剣道とか書道とか茶道とか、習い事みたいでよくわからないとノアが言ってやめさせたのだった。
さて、ノアの叔父の夢惣はプロのアロマダウザーで、ノアは現在見習い修行中。
どうやら才能があるらしいとのことで、ノアはそれが誇らしかった。
ふだんは叔父にサポートしてもらいながらしていたのだが、そろそろ一人でやってみてもいいかも、とちょっぴち慢心全開で試してみたらこの始末、というわけ
だったのだ。
――あれ、そういえば、気付けのD.ベチバーが強力で気がつかなかったけれど、首の辺りがかさこそとむずがゆいのは、もしかして、これ、アロマダウジング中に邂逅した少年からもらった首飾り?
え、じゃあ、やっぱりあれは本当にあったこと――わたしが彼の時空双子ってことは、彼はわたしの――
ノアは、叔父の夢惣にとにかく話さなければと思った。
それには、やはり凍汰の言うとおり、まずは休んで頭痛をなおさないと。
ノアは目を閉じる。
閉じた瞼の裏にあの少年の顔が浮かんでくる。
それとだぶって自分の顔が。
自分の顔。
嫌いではないけれど、まだよくわからないところだらけの自分。
アロマダウジングはそんな自分のことを少しずつではあるけれど、わかるように導いてくれる。
アロマダウジング。
自分にその資質があるってわかったのは、と、ノアの意識は過去に遡る。
まだ、そう、遠くない過去だった。
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