決闘②


 先手を取ったのはファル、ワルダートの右側に体を滑り込ませ、大太刀をワルダートの脇腹に叩きつける。


「ふん」


 叩きつけて吹っ飛ぶ、かに思えたが、ワルダートはファルの大太刀に合わせて力を込めた左腕を無造作に移動させることで、ファルの渾身の一撃に見まがうほどの攻撃を難なく防いで見せた。


 そして、大太刀をそのまま掴み、空いた右腕でファルの脇腹を逆に殴った。


「ッッッ!!」


 あまりの衝撃にファルは舞台の端の方まで吹っ飛ばされた。

 途中、地面を転がるようにファルの体に襲う衝撃を逃がし、そのまま無傷で生還した。


(防御力、攻撃力、反射神経、そのどれもが常人では辿り着けない程の代物、まさに愚直に強さだけを求めた武人の最終形態のような強さ)


 ファルは今の攻防を通してワルダートの強さを理解した。


 魔法使い、自信の願いを叶えるために魔法は発現する、これは世間でよく言われている内容である。だがここから逆算するのだとしたら、相手の魔法の内容を読み解くのにあまり苦労しない。


 実際、ファルはその極端なまでのワルダートの強さの秘密に、今の一瞬でほとんど理解しかけている。


「………確証はまだ足りないか」


 ファルは立ち上がりながらその独り言を呟いた。


 彼の魔法による恩恵はなんとなく想像ができる、なら攻略法などありふれている。それを試せばいいだけだ。

 確証がなかろうが、それを成功させるだけの力はある。


 魔法だけがすべてじゃない、『』がそんな生半可なものじゃないことを、名誉に取り憑かれた目の前で嘲るように見下す男に示してやろう。……まぁ魔法の副産物ではあるけどな。


「啖呵を切った割にはあっさりと飛ばされたな。もしや『』というのも案外法螺なのかもしれないな」

「そんな判断を下すには時期尚早だぜおっさん。魔法使い同士の戦いはいつもこんなものなのは、あんたがよく理解しているだろ」


 魔法使いには相性が凹凸しているかのように極端だ。


 身体能力を極限まで上げる魔法使いには強いが、武術を極限まで上げる魔法使いには弱いなんてことも珍しくない。


 今回の相手はどうやら身体能力も上がり、武術までも極限らしいが。


 それでも対処できないわけではない。というより、今まで魔法で切り抜けることの方がずっと少ない気がする。前にリールに手錠で繋がれていた時に発動したくらいが最後だから、本当に使っていないんだ。

 なんなら前もノリで使っただけだしな。


「ふっ」


 魔術の身体強化のギアを数段上げた。おかげで踏みしめた地面にはヒビが入り、目標までの到達時間がスローに見えるほどに遅い。


 だが、


「でやッ!!!」


 ワルダートの拳が進行中のファルの顔面に向かって伸ばされた。その速度は未だファルですら追い付けない程だ。


 視覚で捉えるよりも第六感が先に働いたファルは、大太刀を拳が来るであろう位置に置き、拳が大太刀に産毛が触れると同じくらいに接触した時、それに合わせて力を受け流すように跳躍し、ワルダートを飛び越えて一回転、必然的にワルダートとファルが背中を合わせるような形となった。


 その隙をファルが逃すことなどなく、背後のワルダート目掛けて振り返ることもせず、


『最上位魔術・ほむら・一点貫通』



 そう詠唱すると、ワルダートに向けた指先から細い線のような炎が飛び出す。


 最上位魔術は現存する魔術の中でもトップに位置する。それも炎という魔術の物理攻撃力において最強クラスの威力は伊達ではない。

 普通に放つだけでも十分すぎる程の威力を発揮するが、一点貫通という、対象を貫通させるだけに特化した特殊技術を用いることで、ワルダートに確実に傷をつけるよう狙いすます。


 その焔はワルダートを容易に貫通し、傷口をジューと焼く音が聞こえてきた。


「ッ!?……驚いたぞ、まさか気を纏っているにも関わらず私の体をいとも容易く貫通させるとは…」


 攻撃を受けるやいなや、すぐさま飛び退いたワルダートはそう感嘆の声を溢す。


 さて、今の数分の攻防を見て観客はどんな反応をしているのだろうか。少し覗いてみよう。




 ◇




《Side フェルミール・シュリーブス》


「とんでもないな……」


 私は目の前で繰り広げられた数度の攻防を見て、あまりの壁の高さに目を見張った。


 ワルダート・ヨルフェイク、私の上司でありリール嬢の実の父親、戦闘においてとても頼りになるお方だが、私の息子が『希代の英雄』であったという情報が流れてからはキツイ態度を取られるようになった。


 もともと厳しくて怖がっている者も多く、その魔法に魅力を感じているものは多くとも、彼の性格を好きになるような変わり者は存在しない。


 最近は殺気を私に向けてくることもあった。それに領主を傍らに国に仕える同僚もあまり好ましく思っていなかった。


 だが彼にはそんなことなど関係がない。魔法使いとしてこの国ではトップを維持する力を有しながらも絶対的な権力を持つ公爵家に生を受けた。


 実力としては間違いなく騎士団や冒険者達を含めても最強と言えるだろう。


 それがどうだ?


 最初の攻防は私の息子であるファルが先手を取ったものの、あえなく反撃を食らい、舞台袖まで吹き飛ばされた。

 ただ、受け身を遠くにいる騎士団長が驚嘆して目を見開くほど完璧にできており、傷などは一切受けていなかった。


 だが『希代の英雄』という先入観があった他の観客は受け身のことなど目に入ってないと言わんばかりに、落胆したように肩を落とした。


 だが次の攻防、皆が呆然とすることになる。


 刀の鞘でワルダート殿の拳を流麗に受け流して彼の背後に立ったかと思うと、後ろを振り向かずに人差し指をワルダート殿に向けたかと思うと、それを行使した。


『最上位魔術・ほむら・一点貫通』


 まず言わせてもらおう。

 最上位魔術だと!!??あの賢者以外では習得することができなかった最上位魔術!!??


 最上位魔術は下位の魔術と違い一文字だけの簡略詠唱として有名だ。最上位魔術に値するものはすべて一文字でその属性の真価を発揮できる。


 ファルが魔術を発動するほんの一瞬に膨大すぎる魔力を感じた。そして指にかかった魔方陣も遠目ながらに複雑すぎるように見えた。


 術式の構築、必要な魔力量、魔術を発動するために必要な要素すべてが上位魔術を軽く凌駕する。だから賢者以外には現代で行使することができないのだ。


 そしてもう1つツッコミたいことがある。なぜ一点貫通の魔力技術を最上位魔術で使用できるんだ!!??


 本来は最上位魔術以下でやっと行使できる高等技術だ。賢者でさえも最上位魔術の際に一点貫通の技術を組み込むことができない。

 どんあ天才であっても無理なものは無理だ。


 そもそもの話、一点貫通の技術など両手で数えられるくらいの人数しかこの国では行使できない。

 それも中位魔術でやっとだ。


 魔術を深化させていく魔術研究家などは興奮を押さえきれない様子で目をギラつかせている。


 それだけでも事の異常さがわかるだろう。


「私が知らない間にとんでもない怪物に成長したな」


 どこかファルが遠くに行ったような錯覚を覚えるが、そんなことなどファルは気にもしないのだろう。


 子の成長を目に焼き付けることができなかったのは残念だが、それでもファルは強く生きてきたんだなという実感が持てて、思わず頬がほころぶ。


 私も負けていられないな。


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