決闘①
「相変わらず無茶するわね」
「リールさん?その手を離してくれないか?じゃないと俺の腕の骨がおれちゃうよ?」
案の定、ファルもフェルも別邸へ帰った後にフェルが家族に決闘のことを伝えた。
そのあまりにも濃い内容にユリアーネは子供に叱るような態度を向け、年長2人の兄姉は顎が外れるくらいに驚愕した。
フェルも咎めるとまではいかないが、少し怒りが混じっているような視線をファルに向けた。
ファルにとって唯一、事の重大さを理解していないユリナが純真無垢な笑顔でくっついてくれていることに救いの女神を垣間見た。
「そもそもあのクズ親父が関わっていたのなら私にだって関係があるわよね?気遣いも程々にしないと、温厚な私でもキレちゃうわよ」
リールのお説教に殺意が混じっているのは気のせいではないのだろう。腕は離してくれはしたが、自分自身に先んじて伝えてくれていなかったことにリールはかなりむくれている。
「……いや……いつもキレてるじゃ「何か言った?」何でもありません」
あまりの迫力にファルは目を剥いて黙り込んだ。
余計なことを口にすることはこの空気の中では許されないようだ。
「まぁでも、ファルならそんな行動をしても不思議じゃないよね。『希代の英雄』の噂通りじゃないか。兄として、誇りに思うよ」
「私もフィル兄さんの意見と同じかな。というかよくやったわねファル!さすが私の弟」
「フィル兄、ラミ姉…」
からかいや茶化しが一切ない真剣な瞳でそう言ってくれるものだから、思わず涙ぐんでしまう。
フィルやラミアーネにしてみれば、褒めるところを今まで中々見せてこなかったファルが、男らしく、そして真っ直ぐな騎士道精神のような気持ちで理不尽に対抗しようとしている姿に、これ幸いにと称賛したいのだ。
2人のフォローにより、他の面々も納得したような雰囲気を見せ、リールも昔からその行動原理を知っているだけに強く出られなかった。
「……私のことを心配してくれたのはわかってるけど、今度はちゃんと話してよ」
「そうだな。今度からはリールにも伝えて行動するよ。リールのことは誰よりも信頼しているし、大切に思っているから俺もリールを対等に扱わないと失礼だよな。悪かったよ」
少しふてくされた様子でリールが言ったのに対して、ファルは優しげな瞳を向けながら自身の気持ちを告げた。
リールはそんなことわかりきってはいるのだが、改めて言葉で伝えられると気恥ずかしいのか、頬を赤らめながらファルに見られないように顔を逸らした。
シュリーブス家のファルを除いた全員はリールの気持ちを理解しているし、ファルはまだ恋愛的に好きと断定できてはいないが、とっとと付き合ってしまえと心の中でぼやくのだった。
◇
次の日、約束通り眩しいまでに煌めく太陽の下で決闘が今に始まろうとしていた。
昨日条件を付け加えたことで幾ばくかの席の空きがあれど、かなりの数の人が決闘が始まるその瞬間を待ち遠しく思っていた。
今は舞台へと道を作っている廊下のところにファルはいる。遠目ながらでも奥の方にいる観客は見える程度ではある。
ただ、反対側にいるであろうワルダートは階段により盛り上がっている舞台のせいで見ることができない。
「大丈夫だろうけど、無茶をしたら怒るからね。腹黒い性格だけどあのクソ親父はあれでも国内最強程度の力はあるわ。慢心だけはしないで。本当に無用の心配だろうけど」
隣にいるリールが苛立ちながらそんなことを言った。
言葉通りファルが負ける筈がないと思っているのか、聞く人によれば舐めているとしか思えない言葉の数々だ。
「わかってるっての。傲慢に振る舞うつもりは最初からない」
「それだったらいいんだけど……」
「それとも傷を負ったら抱き締めて治癒魔術で治してくれるのか?俺としてはそれも悪くない」
「バカなこと言わないで!傷を負う前提で戦うなんて貴方らしくない!もっとスマートに戦いなさい」
悪くないと思っているどころか、是非優しく包み込んでほしいと思っていることはリールには内緒だ。
ファルのからかいに動揺こそしなかったが、内心ではリールは赤面していたりする。そのことを見抜いているファルは、純情というか、可愛らしいというか、とにかくその姿に癒されているまでもある。
「心配はしていないけど、やっぱりあのクソ親父だからね…」
「安心しろよ。せっかくの機会だし盛大に殴り飛ばしてやるよ。お前もそっちの方がスッキリするだろ?」
「まぁ、別に今は私に対して干渉してくることはないからそこまでやらなくてもいいけど…そうね、私の今までの分も少しは含めてボッコボコにしてやって」
任せろ、と言うと、ファルはリールに背を向けて歩き出す。言葉こそ投げ掛けられないが、頑張れという気持ちが不思議と伝わってきた気がした。
太陽を遮っていた空間から抜け、威風堂々とした様子で一歩一歩を踏み出していく。
ファルの登場に観客達は大いに盛り上がり、ファルのことを見定めるかのような視線を向けた。
『ジェネシスの外套』を着て登場し、噂を確実に広めることも考えたが、今することでもないと思い、やめた。
ファルが階段を上り、舞台の中心に来ると同時、ワルダートがその大きな体で威圧を放ちながらファルに向かい合った。
「逃げずに来たか、クソガキ」
「そっちこそ。俺の噂を聞いているくせしてよく立ち向かうな。お前にとってはイラつく相手だろうに」
「黙れ」
強烈な殺気をファルに向け、これ以上話すことなどないと言わんばかりに黙った。
その殺気は感覚の鋭い何人かの観客も気が付いたのか、強者としての格の違いに畏怖の念を小さく込めた。
そして、ファルはそんな殺意の波動を軽く受け流し、微笑を浮かべながらそれをこの世界に顕現させる。
「来い、『情炎の象徴』」
顕現させたそれは極東の国で広く扱われている大太刀、というものだ。
漆黒の黒光りしている鞘に、上等そうな鍔や持ち手、どこか神々しさすら覚えるその大太刀に観客の目は不思議と吸い寄せられた。
ファルの噂の一つに極東の大太刀を使っているというものがあったことを観客が思いだし、歓声を上げた。
「宣言させてもらう。ワルダート・ヨルフェイク、あんたに舐めプしながら勝ってやるよ」
その言葉の意味することは本気でも全力でも挑むつもりはないということ、そのことにワルダートはイラつきはしたが、手に持ったレイピアをファルに向けて構える。
最早会話することを拒んでいるワルダートにファルは苦笑した。
『両者、構えてください』
拡声器で増大された声で開始の合図をする。
ファルは鞘から刀身を抜かず、中段の構えをとった。
その構えをとった雰囲気に、戦いに身を置き続ける者達が誰かを想起する。
ワルダートからは喉元を噛み千切りそうな勢いの殺意を向けて開始を待つ。
観客も司会の声に合わせて口をつぐんだ。
闘技場を緊張感溢れる静寂が包み込む。
「「………………………」」
『始め!!』
2人は同時に動き出したのだった。
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