ロストディア全土問題議会③


 賢者


 魔法ではなく、魔術というものを理論的に追求し、魔術師の中で最も魔術を扱うのに優れた者のことを人々は賢者と言う。


 基本、魔術は魔法よりも劣る。これを覆す者こそが賢者と言ってもいいだろう。


 そしてロストディア王国で賢者と呼ばれているものが一人だけいる。


 絶滅したとされる長命種であるエルフ、賢者であるマリア・レミネイルは正にそれに該当する。数百年前に当時の国王がマリアに賢者の称号を与えたことはロストディア国民なら誰もが知る逸話だ。


 そんな偉人にワルダートは明らかに脅したか何かした様子で陛下を煽っている。


 そもそも何でワルダートは強気に発言ができているのか、それは公爵家が2強として権力を絶対的なものにさせているからだ。


 ヨルフェイク公爵家、サマイル公爵家、王国内でこの2家に勝る権力を持つものは王家以外では存在しない。

 一番上に王家、2番目に並んで2つの公爵家、そしてその3つを大きく突き放して3家以外の貴族家が下になっている。


 そのため爵位的には1つ下の侯爵家だとしてもヨルフェイク公爵家には強く出ることはできない。


 しかし王家もまたこの2家の公爵家には強く出ることはできないのだ。


 内政をサマイル家一派が、軍事や外交などをヨルフェイク家一派がほとんど担っているといってもいいので、権威をこの2家に振りかざすことができない。


 どちらか一方が潰れたら間違いなく王国は瓦解するだろう。


 そして今は正にそのような状況が現実に出ている。


 国王であるベルミラであったとしても事前にヨルフェイク家当主が行った所業を止められなかった時点で今からその結果を覆すことは極めて困難だ。


 だが大きな恩がある王家としては賢者に対するヨルフェイク家の理不尽をみすみす見逃すようなことは絶対にできない。


 ならどうすればいいか?

 審判に持ち込むことはできなくはないが、なにか不利な要求をされる可能性も低くはない。


 上の身分にある王家が審判を起こしたとしてもその審判内では上の身分としての権威を使うことができない。


 王家がその結果を防ごうとするにはいくつもの不利益が存在する。


 そこで俺とギルバートさんだ。


「ヨルフェイク公爵殿。俺から述べたいことがあるのだが」


 立ち上がったファルはそんなことを言った。


 するとベルミラとワルダートに集まっていた視線がすべてファルに向けられる。言わずもがな、ベルミラやミリシアは驚いた表情をしている。


「………ファレオール・シュリーブスくん、だったかな…」


 煽るような表情が一転、親の仇のごとく睨み付けてくる。


「そんなに睨まないでくださいよ。俺が言いたいのは、賢者がどこかの貴族家に入るべきではないということですよ」

「ヨルフェイク家選りすぐりの魔法使いの妻になってもらう、つまり嫁入りしてもらうだけだ。自由恋愛を束縛するのはどうかと思うがね?」

「別に俺としても……今の場合で『希代の英雄』として述べさせてもらうんだとしたら、俺は賢者が恋愛でもして貴族家に入るのは自由にしてもらっても構わない。彼女の武力は類を見ないものではあるが、それが彼女の意志、彼女自身の決断で貴族家に偏りができたとしても俺は何か言うようなことはない」

「それでは何が問題なのだ。私は君の言う通り、賢者と我が家の優秀な男が自由恋愛により婚姻を結ぶという、君の考えにそぐわないことで彼女を迎え入れるつもりだ」


 一体何が言いたいんだ、という苛立ちをふんだんに含んだ目でファルを見る。


 この2人の会話に口を挟めるような者はおらず、強い発言をしようとしたファルをフェルは抑えることができなかった。

 単純に立場が上の人間に堂々と発言する姿に気圧されたとも言えるが。


 心なしか、王家の2人が気遣わしげな目でファルを見ている。


 ファルの噂をよく知る者にとってこのワルダートの企みを許せないことは当然のことだと確信している。

 そして目の前の理不尽に真っ向から立ち向かう姿に、その場にいる全員が目の前の存在が『希代の英雄』なのだと確信させる。


 そしてファルは一呼吸おき、言葉を紡ぐ。


「先日、とある信頼できる情報筋からこんな話を聞きました」

「?」

「ヨルフェイク公爵家現当主が賢者の弁慶の泣き所とも言える孤児院を人質に賢者を脅しているということが」

「!!!」


 会場内がまた騒然としだす。


「お静かに。俺はその情報を聞いた時は確実性のあるものではないと付け足されました。だから事実かどうかは定かではありません」

「はっ!我が公爵家がそんなことをするはずがなかろう」

「そうですね。だったら、賢者マリアをこの場に連れてきていただけませんか?」

「………それはできない。彼女は我が領地に既に移り住んで「違いますよね、それ」……何だと」

「これまた信頼できる情報筋からなんですが、今はまだこの王都に賢者はいると聞きました。なんなら今から俺が迎えに行きましょうか?」


 その言葉にワルダートは沈黙で返した。


 事前情報をしっかりと調べてきて正解だった。ギルバートさんがスケジュールを押しに押して対応してくれたお陰でここまでの情報を揃えることができた。


 最初に賢者と会うことも考えたが、後々だるいことになるかもとファルは考えたのでその手段は取らなかった。


「だんまりですか。まぁ先程述べたようにこの情報には確実性がない」

「それだったら今ここで私を責めることは……」

「だから別の手段を取ることにしました」


 ファルの一言にワルダートは頭に疑問符を浮かべる。


 そしてそれは他の貴族達も同じく、ドキドキとした様子で見守ってくれている父さんも宰相や王家の2人も同様だ。


 それと同時、一人の男が立ち上がった。


「私から話させていただこうか」

「なっ!サマイル殿!」


 ギルバートさんがこのつまらない言い争いに参戦してくれた。


 言わなくてもわかるが、全員が唖然とした顔をする。普段は表で動くことはないギルバートはファルの一番の協力者であることを誰にも知られていない。


 このタイミングでの登場に、みな驚いた顔をしている。


 そしてファルとギルバートは互いに視線を合わせ、小さく笑った。


「サマイル公爵家現当主、ギルバート・サマイルの名において、我ら爵位同格決闘制の法に基づき、ヨルフェイク公爵家現当主、ワルダート・ヨルフェイク殿に決闘を叩きつける」

「何だと!」


 にやり、と2人の男は悪い笑みを浮かべて拳を握り締めた。

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