ロストディア全土問題議会②


「………不敬罪で処刑されても文句の言えない言葉だぞ」


 ベルミラに対する小さな態度に文句をつけてきたのに、明らかにアウトな発言を軽く窘めるに終わる。


 無表情で感情が読めないが、そこまで怒っているようには見えない。やはりさっきの態度は演技かと見抜いたファルは、どうせなら本音を続けてしまおうと軽く背筋を伸ばして声を出す。


「別にそうなったら国を出ていけばいいしな。というか、会ったこともない知らん男に尊敬なんて抱けるわけないだろ」

「それでも身分制が採用されているのがこの国だ。身分が上の者は敬わないといけない」

「そんなしょうもないこと気にする必要ないだろ」

「……なに?」

「俺にとって王だから、身分が上だから、そんなことを気にして態度を変える必要性なんてない」


 ファルは息を吸い、言葉を続ける。


「あんたらにとって確かにそこにいるおっさんは尊敬の対象なのかもしれない。だが、そんな固定概念のような思考回路に従わせられるほど俺の心は柔じゃない」

「………………」

「俺はこんな態度であんたら見知らぬ貴族に接しているが、俺が尊敬できると思ったならいくらでも敬語を使ってやるよ。

 ギルバートさんを見習え」


 最後にギルバートの名前を出して締め括った。彼は自分の名前が突然出たことに驚き、ファルのことを恨めしそうに見た。


(爆笑している仕返しだよ)


 公爵家当主の一人の名前が出たことにより、全員が驚愕する。

 一介の貴族の子息がこの国の根幹に関わる程の身分の者と仲良さげな様子に驚いたのだろう。


 ミリシアやベルミラもギルバートの方を見て驚いた顔をしている。


「まぁそんなことだから、本音は言ってやったぞ」


 言外にこれで満足か、という風な視線をファルを責めてきた男に向けた。

 ため息を一つ吐くと、参ったと言わんばかりに手を上げた。


「参りました。そこまで堂々と宣言されては反論のしようもないですね」

「まぁ普段は態度をいちいち気にしたりしない。私はいつも自然体で過ごしているから、どんな態度を相手が取ってきたとしても責めるようなことはしない」


 ベルミラがそう付け足した。

 おそらく本当の事なんだろう。大胆不敵とも言えようか、王としてはダメなんだろうが接しやすく、支持が歴代でもトップクラスにあるのにファルは深く納得した。


「やはり本物の『』なようですね」

「歴史の再現性とは凄まじいな」


 ベルミラと男――この国の宰相がファルのことを深く理解した様子でお互い頷いた。


 なんだか自身の性質を見透かされたかのような気分になり、背筋に寒気が上ったのは気のせいではない。


(あの態度から察するに……、考えんとこ)


「とにもかくにも話が逸れたが、改めてロストディア全土問題議会を始める」

「司会進行は宰相である私が務めさせていただきます」


 表情を真剣なものに変えた二人はついに議会を始めた。

 さっきまで笑っていた二人の姿は国の権力者らしい厳かな雰囲気へと変わっている。


「まず彼の件、急遽参加することになった『希代の英雄』についての話は後回しにさせていただきます。先にそれぞれの領地の問題や国に対する意見について、話し合っていきましょう」


 宰相がそう言うと議会は淡々と進められていく。


 話を聞く限りファルが介入するような問題は挙げられてはいない。隠し通していることもあるだろうが、ギルバートさんの情報力はそんな秘密など容易に見破ってしまう。


 王国どころか世界的に見てもここまで情報収集力に長けた人は存在しないかもしれない。


 ――――ふと、さっきから敵対心を向け続けている方に視線を向ける。


 その視線の先には赤い髪に威圧感を存分に纏ったベルミラ国王よりも少し年下くらいの男がいる。


 彼の名前はワルダート・ヨルフェイク。リールの父親のヨルフェイク公爵家現当主。この国の魔法魔術師団総長を務める王国屈指の魔法使いだ。

 彼の噂は人間離れしたものが多く、長年の研鑽と経験により様々な場で素晴らしい活躍をしている。


 間違いなくロストディア王国内でも権力の高い男がであるファルに嫉妬心や妬みなどの負の感情が籠った瞳を隠そうともせずに向けている。


 そのことには他の貴族やファルの隣に座るフェルも気が付いている。どうしてそこまで敵対心を向けるのか、という疑問を吐き出したいが身分差などもあり口に出せずにいる。


 というか直属の上司のフェルはとても居たたまれなさそうだ。少し可哀想に思えてきた。


 ただ、ファルはまだ動かない。そしてギルバートも同じくして動かない。


 2人は待っている。ワルダートがその議題を挙げるまで。




 ◇




「ではこれ以上の議題はないでしょうか?」


 朝から始めたこの議会はもう既に夕方まで続いている。


 途中で昼御飯を挟んだりしながら確実に議会が終わりへと向かっていった。


 そしてついに、それぞれの貴族家当主が抱えている領地の問題や国への要求や意見がすべて終わった頃、宰相がそのことを言った。


 いつもより早く終わったのはファルのことが気になって必要のない会話はすべて控えていたからだ。


「申し訳ない。1つだけ議題――というか報告ががある」


 宰相の言葉に手を上げた男、ワルダートは粛然とした様子で意見を述べようとしている。


 ファルへと向けていた敵対心はどこへやら、今は鳴りを潜め目の前の問題に全力で挑もうとしている。


 直後、ファルとギルバートは互いに視線を交わした。お互い問題ないという意図を確認し合った2人は、小さく笑った。


「我々ヨルフェイク公爵家は賢者の称号を授かっているマリア・レミネイルを我が公爵家の一員として迎えることになった」


 端的に、だがしっかりとした確実性のある結果としてその言葉を言った。


 途端、その言葉を聞いた貴族達が驚きの表情をして騒ぎだした。


「おい、大丈夫かよ…。賢者って言ったら…」

「これはまずいかもしれない…」


「ヨルフェイク公爵家現当主、貴様は何を言っているのかわかっているのか」


 その騒ぎに乗っかるようにベルミラ国王が憤怒の感情を乗せながら強く言葉を吐いた。


 歴戦の猛者らしく、凄まじい威圧感を伴っているので騒いでいた貴族も口を閉じた。


 ファルがベルミラの方を向けば傍にいるミリシアや宰相も怒りの表情をしてワルダートを見ている。


「もちろんです、陛下。賢者殿自身にも意思を確認した上でこの議会にて報告をさせていただきました。合意の上ですよ」

「賢者殿が頷くとは思えないのだがな。彼女はどこかの組織や貴族家に所属することを忌避している。長命種である自身の価値をよく理解なさっているからだ。貴様、何かしたのか?」


 ワルダートの返答に、ベルミラは殺気にも近い威圧をしながら詰め寄った。


 武力を伴わない貴族はその余波を浴びただけで体が震えだしている。それだけ戦闘者としてベルミラは極めて優秀なのだ。


 そして、その鬼神を彷彿とさせる怒りを持ったベルミラに、ワルダートは怯えた様子を一切見せず、精一杯の笑みを浮かべながら言った。


「陛下、私は丁寧にお願いをしただけですよ」


 会議に参加している者は険しい顔をした。


 丁寧、その言葉に確実に非道な手段で賢者であるマリアを脅したことを確信した。


 今にもベルミラとミリシアは襲いかかろうとする勢いでワルダートを睨む。


 王家にとって賢者がどれだけ重要で大切な存在か認知しているから、他の者よりも明らかにワルダートに対して嫌悪感を抱いている。


 全員が一触即発の雰囲気を出す。だがしかし、こんな楽しげの欠片もない雰囲気の中でファルとギルバートは笑っている。まるで予想通りと言わんばかりに口角を上げながら、ファルが勢いよく席を立った。


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