ロストディア全土問題議会①


 王都まで重い腰を上げてまで来たのには理由がある。それはロストディア王国の主要貴族が参加するロストディア全土問題議会に参加するためだ。


 ここ数日目的を忘れかけて兄弟同士、家族での親交を深めていたが、父親が議会前日の夕食時に家族全員に翌日の議会のせいで家に帰るのが遅くなることを伝えた際にファルとリールは目的を思い出した。


 翌日行くことを家族に伝えると皆が驚愕の表情を浮かべてなんで忘れていたんだと問い詰められた。

 フェルが場を治めて、第二王女が本邸を訪ねたことなどの事情を話したら家族全員が納得した。


 それでも主要貴族しか参加できないような議会に貴族でもない者が参加するのは前例のないことなので、皆驚きっぱなしだったが。


 そして今は議会会場であるユリアナ創造神教の大聖堂に来ている。ロストディア王国内でも屈指の巨大建造物なため、ものすごく広い。


 ユリアナ創造神教は確か数千年も前に成立した宗教と歴史では記されている。残っている遺跡から出てきた古代の文献にユリアナ創造神教の存在がほのめかされた文が記されていたので、そんなことが言われている。


 このロストディア王国の国教になったのは数百年前らしいが、千年以上前になっていたという噂もあったりする。

 今ではロストディア全土問題議会の会場が決まってユリアナ創造神教の大聖堂になっていたり、政治に口を出すことも少なくない。


 正直宗教には思い入れもクソもないが、これだけ国に権力を及ぼす程の影響力には感心を抱いていたりする。


(そんなことはどうでもいいんだけどな)


 今回、ギルバードさんからの情報によると、この国の魔術の神童、賢者と呼ばれる者がヨルフェイク家により理不尽な状況になっていると聞いた。


 知っての通りヨルフェイク家はリールの実家なのだが、だいぶ折り合いが悪い。リールがファルの家のメイドになる時は嬉々としてリールを追い出す形で送ってきた。


 ファル自身はヨルフェイク家の当主と面識はない。だが一つだけわかっているいことはある。


(確実に俺のことを敵として見てるんだろうなぁ。これだったら『』のことを隠し通すべきだった…。どんだけ嫉妬深いんだか、プライドが高すぎると人生厳しくなるな)


 自分の失態により秘密が露見したことなどとっくの昔に忘れている。


 相手側は魔法の名門、ヨルフェイク家、リールの件は置いておくとしてもギルバードさんから聞いた情報を思い出すだけで業腹ものだ。


「ではこちらからお入りください」

「案内ご苦労」


 思考していたファルの隣を歩いていたフェルが案内役のシスターにお礼を言った。


 そういえばもう本番なんだと思い返し、意識を切り換える。


「大丈夫か?」

「問題ないよ」


 フェルの問いに大丈夫と返す。


 格好は式典などで着るお高い正装にピカピカに磨かれた靴にセットされた髪、そしてリールからもらった腕輪を左腕に一つ。


 完璧な出で立ちとは言えないが、普段整うことのない髪がきっちりとセットされていて出発前にリールに顔を逸らされて笑われた。

 耳を赤くしながら笑うもんだからどれだけ面白かったのか。


 そしてフェルはファルに目配せした後、扉を開き中に入った。

 それにファルも続くと、驚きの光景が見て取れる。


(やられたな……)


 丸くとても大きなテーブルを囲むように雄々しい雰囲気を纏う貴族達が席に着いている。

 その貴族達はねっとりとした視線をファルに向けて、見定めるかのような意図を持ってじっと見る。


 フェルも入った時は驚きの声を一瞬だけ上げたが、状況を理解すると最後に残っている2つの席の方に向かう。もちろんファルもそれに続いた。


「遅れて申し訳ありません」


 父が席に着くと頭を下げながら一際威圧感を放っている壮年の男に謝罪する。


 ただその男は何でもないかのように笑いながら返した。


「はっはっは!シュリーブス侯爵家当主、気にする必要はない。わざと送れてくるように招待状には時間をずらしていたからな」

「……陛下もお人が悪い」

「すまんすまん。ただ、どうせお主達は2人で来るだろうと予想していたからな!それだったら親子2人の時間をズラすのが合理的だろう」

「お父様、はしゃぎすぎです。国王なんですからもっと落ち着いて」


 この国の国王、ベルミラ・フォン・ロストディア。若干19歳で王の地位に就いた異色の国王。軍隊に戦争を任せるでもなくありとあらゆる戦場に出向いては、この国に勝利を納め続けるロストディア王国始まって以来の戦闘能力の持ち主。

 圧倒的な武力とカリスマ性で民衆からの支持も熱い彼は、親バカだった。


 証拠に、隣に座る第二王女のミリシアにはしゃいだ態度を窘められると犬のように従順に従った。


 その光景は他の貴族にとっては見慣れたものらしく、外には出していないが心の中で呆れた感情を抱いているのは間違いではないだろう。


「ではシュリーブス侯爵親子がいない間に挨拶も済ませたのでさっそく議会を始めていくとしよう」


 どうやらすでに挨拶は終わっているらしい。長ったらしい時間が潰れるのは大歓迎なのでもっとはしょっても良いと思う。


「陛下、少々時間を私にください」

「別にいいが」

「ありがとうございます。……ファレオール・シュリーブス、貴様、陛下に対して敬意を払っているように見えないのだが?」


 唐突に国王の後ろに控えていた髭を蓄えた男がそんなことを言ってきた。


(なに言ってんだ?このおっさん)


 あまりにも無鉄砲な態度と言葉にファルは疑問を浮かべた。


「遅れてきたのに謝罪の言葉を述べるどころか敬意の欠片もない目で陛下を見ていたな」

「………まぁ、間違ってないけど」

「認めるか。それならば何故この国を纏め上げる王にそんな態度でいられる?」


 よくわからない部分で因縁をつけてきたな。

 他の貴族達も驚きの目でしゃべる男を見ている。父さんに至っては冷や汗まで流しているようにも見え、顔が青くなり始めている気がする。


 身分がそんなに上なのか、周囲の貴族達がざわざわとして、様々な視線が交差している。


 ただ、ファルはここで違和感を覚えた。


(ミリシア王女の反応がない)


 いや、それどころか隣で聞いているベルミラの反応もなければ、知り合いらしき貴族の反応もない。

 たぶんあの人はファルがどう答えるかわかっているからだろう。


 なんかの策でこちらの意図を読み取ろうとしているんだとしたら、隠すべきような本音のないファルは偽るような態度ではなく、堂々と発言すべきだと考えた。


「え~と、強いて言うなら、俺がそこの子供みたいなおっさんに尊敬のその字も抱いてないからかな」


 ファルの本音からの返答に、その言葉を聞いた貴族達は目を丸くした。

 おそらくファルの言葉を頭の中で反芻しているのだろう。


 そしてあっちにいる知り合いの貴族ことギルバートさんは口角が釣り上がっている。

 余程面白いのか、笑い声を押さえるのに必死な様子だ。


 質問を呈した男は表情を変えず無表情のまま、王族の2人はギルバートさんと同様、笑っているようにも見えた。


 そしてただ一人、ファルに強く睨みを効かし、敵対心を隠さない男がいるのだった。


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