兄に姉に妹


「胃が痛いなぁ」


 ロストディア全土問題議会の数日前、ファルとリールは開催場所である王都まで足――体を運んでいた。ここまで空を飛んできたのだ。


 シュリーブス家本邸のあるアルネイルとは格が違うと言ってもいい程の人口密度で、王都では人がごった返している。


 そして今はシュリーブス侯爵家の別邸のある場所まで歩いているのだ。こっちにはファルの家族が勢揃いで住んでいるため、ファルは胃が痛くなっている。


「義父様達に会いに行くんでしょう?久しぶりの家族水入らずの再会なんだから、私はどこか出掛けていましょうか?」

「リールはどこにも行かないでくれ。お前がどっか行ったら隠れる場所がなくなるじゃないか」

「それ程体格は大きくないけどね」

「後ろから抱きついたら面積なんか関係ないからな。あっ、もちろん冗談だぞ」

「……そう」


 父さんに対する呼び方に違和感を感じたファルだがそこは華麗にスルー。


 余裕綽々な様子のファルとは違いリールは少し返答に言い淀みながら顔をファルから逸らした。その様子にもファルは気付く素振りすら見せない。


「父さん達には俺の話一切していないからな。兄さんや姉さんも半年近く会ってないから大分反応に困るんだけど…」

「仕事の繁忙期でシュリーブス夫妻とユリナちゃんは王都に行っているのにファルは今の今まで何をしていたの?」

「魔術で空を飛びながらマントをたなびかせて周辺地域のパトロールさ!」

「マントじゃなくて外套でしょ。というか貴方、魔術の方は苦手だったでしょ」

「ふっ…!いつの話をしているんだ?情報は常に最新のものを得ていないといけないんだよ」

「要は私にバレない様にこっそり練習してたってことでしょ。学校に通わなくていいから時間はたっぷりあるもんね。努力家で偉い偉い」

「やめてくれ…!マジで恥ずい…!」

「でも貴方だったら魔法で空も飛べるでしょう?それなのにわざわざ魔術を勉強する必要性なんてなくない?」

「知らんのかリール。貴族社会じゃ魔術をまともに使えなかったら魔法を使えたとしても才能ありきの傲慢野郎ってバカにされるんだぜ?」

「…知らなかった……」


 本気で動揺している風にリールが反応した。別に貴族社会はそこまで怖いものでもないのだが、それを嫌うファルにより様々な偏見がリールへと乗り移っていく。

 2人とも貴族社会で長年過ごしたような経験がないので、井の中の蛙のように認識を誤認していっている。


 そんな風に楽しく駄弁りながら別邸までの道を歩いていると1つの声が上がった。


「リールお姉ちゃんだ!」

「ん?」


 その声はとても元気がよく、周囲にいる人も何人かそちらに視線を向けた。


 そして聞き覚えのある声を聞いたファルとリールはお互い顔を綻ばせながらそちらを振り返った。


「リールお姉ちゃ~ん!」

「きゃっ」


 メイド服のリールにその小さな少女が抱きついた。少女はファルと同じ黒い髪で可愛らしいフリルのついた服を身に纏っていた。 

 まだ幼いその少女の名前はユリナ・シュリーブス。ファルの妹だ。年下の兄弟はユリナだけなのでこれ以上ないくらいの溺愛っぷりである。


 リールに向かって一番に行ってしまったのをファルはしゅんとした表情で見つめたのも束の間、もう二人いることに気付いたファルはそちらに顔を向けた。


「久しぶりだね。ファルにリールさん」

「リールちゃ~ん!久しぶり~!」


 リールに走って向かっていった少女はファルの姉のラミアーネ・シュリーブス。17歳だ。母譲りの金髪碧眼で笑顔が可愛らしいお転婆な少女だ。ファルはよく子供っぽいとからかったりしていたりする

 彼女は今、学園に通っているのでこっちに住んでいるのだ。美人なので学年問わずモテていると聞いた。


 そしてラミアーネはファルを見向きもせずにリールに抱きついていった。いつものことなので気にも留めない。だが少し寂しい…。


「久しぶり。フィル兄」

「半年ぶりかな?身長また伸びたな」

「そうかな。フィル兄にはまだ敵わないけどね」


 端から見ても仲の良い兄弟にしか見えない。目の前にいる甘いフェイスをした、姉と同じ金髪碧眼の男はファルの兄のフィルミス・シュリーブス。年齢は今年21になったと聞いた。

 フィルはこっちで既に社会人として働いているので大分前から別邸の方に住んでいる。


 そして偶然なことに彼の愛称はフィル。シュリーブス家の男はファル、フィル、フェルという似たような愛称がつけることができる。決して意図的ではない。


「色々と話したいことがあるけど、ここじゃ目立つし屋敷に行ってから話そうか」

「それもそうだね」

「あっ!ファルだ~!いたんだ~!」

「ファル兄ちゃんいたの~?気付かなかった!」


 ようやくファルに気付いた2人が大声でそんなことを言った。わざわざ聞こえるように言ってくるのがたちが悪い。姉妹似た者同士だった。


「せっかく土産話持ってきたってのにな~」

「まさかファルとリールちゃんがついに!?」

「ついに!?」

「ちげーよバカ」


 ほんとバカ。




 ◇




「懐かしいなここ」


 別邸についたファル達は、父と母がいるであろう食堂の方に向かっている。


 数年来の別邸にファルは心踊る気分でスキップを刻みながら廊下を歩いている。後ろで妹であるユリナが真似しているとも知らずに。


「ファルは一切顔を見せに来ないからなぁ」

「たまにはこっちにリールちゃんを連れてきたらいいのに。ファルとは私、会いたかったのよ?」

「嘘つけラミ姉。俺のことなんか眼中にもなかったくせに」

「しょうがないでしょ。あんた影薄くしてるんだから」


(昔パーティーに行った時に身に付けた技術だからな。誰にも顔を見られずに王都を走り回ることも可能だ)


 アホなことを考えていることは露知らず、ラミアーネは不満をやはり溢している。ファルは知らないがこの兄弟達はファルに対してブラコンシスコンを発揮するのだ。無駄に鈍感な所があるせいで生涯気付くことはないだろうが。


「んー…。なんか緊張するなぁ」

「ここまで来て何言ってるのよ」

「後ろに隠れさせて」

「誘惑には乗らないわよ」

「何の話?」


 食堂の扉の前に来てファルが渋りだした。兄達と会ってからここまで『希代の英雄』の話題を出すことはなく、王都であったことを話したりしていた。

 どうやら家族全員で話したいのか、その話題に一切触れてくることはなかった。


 そのせいで余計胃が痛くなってくる。隠していた事をどやされるかもしれないし、母さんがプリプリとキレるかもしれないし、正直不安しかなかった。


 そんなファルの内心を蹴飛ばすかの如くラミアーネが扉の前でくすぶっているファルに代わり、勢いよくノックなしで扉を開けた。








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