企みの笑みは最も輝く瞬間
「…ねぇファル、本当にあれでよかったの?」
「………よかったって何のことだ?」
「わかってるでしょ。貴方が数年間、自分の正体を隠し通すために奮闘し続けていたことは、貴方の最も近い場所にいた私がよく知っている。…だからこそ、…あの提案を受けてもよかったのかな…なんて」
現在はミリシアが帰ってから大量の手紙を処理している最中だ。見合い以外の手紙は断りの言葉と一言を添えて送り返すのだ。変なところで真面目な部分が出てきてリールも呆れながら質問を繰り出したのだ。
そんなリールは、若干不満とも取れるような表情をしている気がするが、真意はわからない。でも、彼女がファルの事を心配に思ってくれている言葉を並べてくれたので相応の答えを返した。
「リール、俺は何故昔からこんな回りくどいことをしながらでも人助けをすると思う?」
「……前に聞いた貴方のお父さんとお母さんが「ストップ!!」…何?」
「俺が言いたいのはそこじゃあない」
「わかってるわよ。どうせ、自分のためって言いたいんでしょ」
「その通りだ。すべては俺自身の私利私欲、身勝手な子供の我儘に過ぎないんだ」
ファルは、宝物に触れるかの如く、愛おしい表情で続ける。
「だけど俺にとって、そんな我儘が大好きだ。だからサマイル公爵家の当主、ギルバードさんにも協力してもらってこんな大掛かりな状態になってるんだよ」
「それは…わかってるわよ。でも貴方は貴族社会のことを毛嫌いしてるわよね?きっかけはともかくとして…。そんなんだから…、声明を出すような真似をする必要はないんじゃないのかな~って…」
「いやどっちにしろ今から違いますって名乗り上げるのは不可能だろ。だからいっそ声明を強く出すことでわかりやすい抑止力になることだってあるんだよ。それこそ…、お前みたいな奴が俺に助けを求めてやって来るかもしれないしな」
「………………」
手紙を処理していく手は止まらない。リールの表情を見ることもなく無言の気遣いをする。その言葉に表せない優しさに、リールは流れそうになる水を指で拭う。
お互いがお互いを知り尽くしているからこそできる会話。リール自身だけがファルにとっての特別な存在と認識できて、言い様のない愛おしさと少しばかりの不満が湧いてきて、
『ファレオール君』
「「!!」」
途端、暖かい無言が続いていた室内に、開けられた窓の縁にとまっている青い鳥が声を発する。
「少しぶりですね、ギルバードさん。最近は来なかったのでビックリしましたよ」
『すまないね。最近は小さい事件が多くてこちらでも対処が可能だったから、ファレオール君に回さずに処理していたんだよ』
「遠慮しなくてもいいんですがね。それで、なにか不味いことでもあったんですか?俺は全然、というかもっと俺に任せてくださいよ。小さいことでも何でもいいから」
『君には大事件ばかり任せているんだからそういうのは私達が対応するよ。……というか、お邪魔だったかな?』
「?別にそんなことはないですよ」
『いや、リールミシア嬢がかなり怒ったような表情で私のことを見てくるんだが…」
そう言われたので、リールの方に顔を向ける。すると、明らかにむくれたような表情をしているリールがそこにいた。
少し頬が膨らんでいるところがポイントが高いと思う。
って、そうじゃなくて、
「どうしたんだよリール?ギルバードさんに何かされたのか?」
「……別に。貴方がわかる筈ないもんね。ギルバードさんには少しイラッとするけど」
『それはすまなかった。本当に邪魔してしまったようだな』
「は?おいあんたら、俺にわからない会話を広げないでくれ」
今度はファルがむくれた表情をしたが、一向に話が進まなくなってしまうので表情を戻し、話の本筋を巻き戻す。
「何かあったんですよね?というか、このタイミングだから会議のことで何か忠告でもあるんですか?」
『そうなるね。実は君にいくつか知らせておきたいものがあってね…。…………………』
そう言うと、ギルバードさんこと、青い鳥がリールのことをじっと見ている。
しばらくの沈黙が流れる中、ファルが理由を察したことで止まっていた時間は動き出す。
「……リール、すまんが少し席を外してくれないか?」
「はぁ?なん、………わかったわよ」
一瞬反対するかに思えたが、素直に従ってくれた。申し訳なさから後でケーキをご馳走しようと決意した。
リールが部屋から出ていったのを見計らい、ギルバードはファルの目を見据え、話し出す。
『ロストディア全土問題議会に君は出席するんだろう?』
「はい。いい加減父さん達に心配をかけ続けるのも良くないし、これが更に人を助ける決断になると判断したので」
『うむ。とても君らしい。懐かしいなぁ、君が私の事を救い出してくれた時から関係は始まったんだったかな』
「お忍びで貧民街の領民に金をばら蒔くようなお人好しの御仁に会いに行こうと思ったら、盗賊に襲われていた公爵家当主だなんて笑えないですよね」
『高額な賞金首にもなるような相手だったからねぇ。防戦一方で動かないと部下が死んでしまうところだったが、君が来てくれた。今でも感謝しているよ」
鳥を介してでも伝わってくる感謝の気持ちにファルは苦笑しつつも、その言葉を話し半分に聞き流す。
「その感謝は俺の活動を手助けすることで相殺できていますよ。……それで、かなり引き延ばしましたが、その知らせたいことって絶対リールの実家が関わっていますよね」
『そりゃわかるよねぇ。リールミシア嬢をこの場から外した時点でわかったよね?
公爵家、ヨルフェイク家が関わっている内容だ。そして君の嫌いな理不尽が、ある女性を襲おうとしている』
「……胃が痛いなぁ…。あのおっさんには自分から関わろうとは思わなかったんだけどなぁ」
『彼の部下が君のお父様とお兄様に当たるからねぇ。家族が関わる問題に発展しかねない内容だが、聞くかい?』
「……俺を誰だと思ってるんですか?これでも魔法を呼応することができる英雄さんだぞ?家族にまで悪影響が及ぶんだとしても、理不尽がそこにあるならば見逃さない。
それが俺の魔法の前提条件とも言っても差し支えないんですぜ。どんと来いよ!」
『……さすが、『希代の英雄』だ。格が違うと言わざるを得ないね。それならば私も全力で君に協力させてもらおう!君と私、権力と力が混ぜ合わさったら、どうなるかなぁ?』
「『クックックックック…』」
今、王国でも指折りの権力を持つ男と周辺国までその名を轟かせる程の力を持つ男が、悪巧みならぬ、全力の嫌がらせを企もうとしていた。まるで悪魔のケタケタ笑いが如く、笑みを遠隔で一切の違和感なく溶け込ませる。
尚、この時はまだファルはギルバードが得た情報を一切聞いていないのだった。
信頼できる男から理不尽に遭う者がいると聞いて、瞬間的に決断をしない程ファルは男が廃っていたりはしないのだ。
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