助けた者の感謝の片鱗

「なるほどな…」


 ファルは無言の圧に耐えられなかったリールが渡してくれたからの正式な手紙に目を通し、心の中で強く唸っていた。


 ロストディア王国最大の会議の一つとも言ってもいい、ロストディア全土問題議会というものが来月に行われることになっている。


 1年に一度開かれるそれは、ロストディア王国に存在する王族と主要な貴族家当主が集い、王国に存在する問題や話題を挙げて話し合う。


 察していただけただろうが、手紙にはこの会議にファルが参加するよう説得するために王家の者が侯爵邸へと向かうという事が記されていた。

 最初から頷くとは思われていないようだ。


 この手紙自体は交通手段の関係で今日届いたものだが、その手紙を送ると同時に第二王女であるミリシアはファルの元へと向かっていた。


 ただ、今日届いたとはいえリールがこの手紙を見つけた時にすぐに見せてくれればファルの動揺とストレスも少しはマシだっただろう。

 しかし彼女はなにか悪気があって手紙を渡すのを後回しにしたわけではないので、ファルは責めるに責められない。


 少し落ち込んだ雰囲気を纏うリールを慰めるのもそこそこに、ファルはミリシアへと質問と回答を投げ掛けた。


「まず王女様、俺がその会議に招待される理由はなんだ?」

「それは貴方様がよくご存じなのでは?『希代の英雄』様?」

「………この手紙に記されている内容もあんたが言いたい事も何となくわかる。ただ、だからとい……、どうしたんだ?」


 ファルが招待の私見を述べようとした時、ミリシアの顔を見たファルが言葉を止める。


 ミリシアの向かい側、リールの真隣に座ったファルは必然的に彼女の顔がよく見える。


 そんなミリシアの表情は驚きの感情で染まっているようなので、思わずファルも止まってしまったのである。


「……いえ…、誤魔化さない、のですね…」

「あー……。そりゃなぁ。…逆に聞くが、誤魔化せる材料あると思う?動画として撮られてる時点で詰んでるし、それがもう周辺国まで広がってるんだろ?無理じゃん」

「まぁ確かにそうですね。ふふっ。てっきり王家としては誤魔化されると思ってましたので」


 ファルの理解できる理由にミリシアが笑みを溢しながら肯定してくれる。


 一つ一つの動作が彼女の女としての格を高めているように感じて、ファルは畏怖に近い感情を抱く。

 ミリシア自身はとても良い子の様に感じるのでなんとも思わないのだが、どうやったらそこまで自分自身を高められるのか、と努力の量を想像して恐れおののいてしまう。


 そんな感情は心にしまい、話の本筋をファルは戻す。


「話を戻すが、貴族家当主ですらない俺を招待して一体なんのメリットがあるんだ?」

「それはですね、貴方様の噂を確固たる事実として認識させるためですね。知っての通り、『希代の英雄』はこの国どころか周辺国にまで名が轟く英雄、そんな英雄がロストディア王国の貴族であるという認識を王家としては広めたいのです」

「隠す気がないようだな。そこまで下心をオープンにして断られないとでも思ってんのか?」


 苛立ちを明確に混ぜてそのような問いかけをする。ただミリシアはその問いを何てことのない表情で受け止めて、毅然とした態度で返す。


「確かに、国として下心があるのは認めます。

 ……ですが…!私達、貴方様に助けられた者達ができる精一杯のお礼がこれなんです…!ファレオール様の名を歴史に残し、貴方様の評価を正しいものに変えることこそが…、最大の…!」


 とても真剣な表情で彼女はそう静かな炎を纏わせて叫んだ。来た時から見せていた冷静さは既に消え去り、紅い瞳の奥に確かな炎を纏わせてファルへと訴えかける。


 様々な悪人や善人を見てきたファルは、この叫びを嘘だとは思えなかった。

 彼女は、過去に助けた人の一人のようで、その事実が、彼女の叫びを嘘偽りのない本心であることを示している。


 下心はあると彼女は言った。だがその思いを圧倒的に上回る程の感謝の気持ちが現れているようにも感じた。


(……正直、どうしようかわからないな)


 ファルは彼女の言葉を聞いてそのようなことを考えた。


 さっき言っていた事が本心なのも理解できる。

 だが、そこまで名誉を得る必要があるのか、という思いもあり、頷くに頷けなかった。


 その様子を見てミリシアはファルに参加する気がないと悟り、とある行動に出た。


「…お願いします…!これは私だけのお礼でもなければ、国として、様々な人々が貴方様の活躍に感謝しているのです…!

 そんな貴方様に対して何も返せていないということは、恥ずべきことであり、民衆にも顔向けすることができないのです…!どうか、お願いします…!」

「………………」


 仮にも王家の一人である彼女が頭を下げてお願いしてきた。


 政治云々の話は含まれていないのが見て取れるし、一方的に助けてきた人々にとっても施しを受けたようにしか捉えられていないのかもしれない。


 そう考えるとモヤモヤする気持ちがなくはないが、あくまでもファルが行ってきた人助けは趣味の延長でしかない。


 子供の我儘とも取れる気持ちで今まで人助けをしてきたファルにとって、褒められるというのは違うのでは、という感情もある。


(いや、待てよ、そもそもとして…)


 ファル自身でクズの名前を広めはしたが、両親や兄弟に対してはあまり迷惑はかけたくはなかった。すると、調度よく侯爵家の子供全員がファル以外魔法を発現させた、と広まったのでその噂に乗っかる形でクズ侯爵の名前を広めた。


 おかげで、兄弟や両親の評判は下がらず、ファルの評判だけが地の底まで落ちたのだ。


 そんな我儘を押し通し続けて、家族にも心配されたファルだから、


(今まで俺の我儘で目立たずにいたけど、どっちにしろもう無理があるよな…。それだったら…、今まで心配させた分をここで取り戻すことも……)


 数十秒、そんな時間の中でもミリシアは頭を下げ続けて、ファルは思案を続けていた。


 だが、ファルは覚悟が決まったように下げていた顔を上げて……、





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