第二王女 ミリシア・フォン・ロストディア
その少女の容姿の特徴的な面を言うとするならば、深紅の紅い瞳のことを真っ先に挙げるだろう。吸血鬼のような紅い瞳は見る人の心を読みとってしまうかのごとく、思慮的な雰囲気を纏っている。
「おおぉう…!……綺麗だな…」
思わず呟いてしまった言葉、その少女の姿を捉え、一番最初に見たものがその紅い瞳だった。
綺麗。ファルは人の容姿を褒めることはあれど、家族やリール以外にそういった本音の言葉を溢すことはほとんどなかった。貴族社会で生きる事を嫌悪したファルだが、それにはわかりやすい理由というものがあった。
◇
懐かしき記憶、思い出したくもない過去、あれはそう、まだファルがクズと呼ばれていなかった頃の話だ。
「まぁ!そのネックレス、とても綺麗ですね!侯爵様の体にとても似合っていらっしゃる!」
「そ、そうかね?実は妻からの大切な贈り物なんだ」
「羨ましいですね!私も何か贈り物でも渡したいですわね!」
「は、ははは、…は」
父らしくない、疲れきった顔だ。
それもしょうがない。ファルの父親であるフェルミール・シュリーブスは2日近く寝ていない。
兄の魔法が発現したことにより、様々なお祝いパーティーを開くことになってしまったのだ。あっちで開いてはこっちで開いて、国王に祝いの言葉を貰いに行っては母の実家へ同じく祝いの言葉を貰いに行って、目が回るような移動と激務に父はとても疲れきっていた。
この頃はファルは父親について回ることが多かったので、所々で父の疲れを心の中で心配していた。幼いながらでも賢い頭脳と達観した意識のおかげでそういったことに気付けたのである。
「じゃあおやすみ、ファル」
「お父さんおやすみー」
その激動の日々も終わり、皆が住む屋敷に帰ってくることができた。父親と兄とファルでの3人旅も終わり、父にもしっかりと休んでほしいので19時過ぎという、とても早い時間にファルは寝ることにしたのである。
そうして、早くに休むことにした幼いファルだが、屋敷の使用人や家族も寝静まった深夜に目を覚ましてしまった。いつもよりも早く寝たせいで睡眠状態が狂ってしまったのだ。
そして尿意をもよおしてしまっていたので、暗い屋敷内をトイレに行くために歩き回ることになった。いつもとは違う雰囲気の屋敷に恐怖を感じつつも、今まで見たことののない光のない廊下に少し興奮をしていたりもした。
廊下を歩くこと数分、その扉には廊下側の窓から差し込む月明かりがちょうど当たっている場所だった。初めはどこだ?とも思いはしたが、屋敷の中でも大きい扉、近くに家族の肖像画が壁に掛けられているのを見て両親の部屋だと推測した。
父に早く休んでもらいたかったために心配していたので、しっかりと寝れているのかとても気になった。良くないこととは思いつつも、父のことが気掛かりだったので扉を音を立てずにほんの少しだけ開けた。
「どうせ可愛い年下の子にデレデレしてたんでしょ!!私がいながらそんなことをするなんて信じられない!!!」
「そ、そんなことない!私は君一筋だ!!君以外に考えられない!!」
僅かな隙間から見えた光景は、裸になって父の上で上下運動をする母の姿だった。お互い何か言い合っているようで、どちらかというと母が父に対して罵倒をしているようにも見える。
幼いファルは、この2人が何をしていたかなんて、判断どころかわかりもしなかったので、怖気というものをこの光景を見て抱いた。男が貴族社会で忙しくすると妻が怒る、というよりかは女性が怒るという認識をして貴族社会というものに忌避感を抱いた。
翌日に見た父の顔色が悪かったのと、来年に妹が産まれたのは余談である。
そして、話は現代へと戻る。
◇
そんなこんなで、クズ街道を突き進んだファルは今の現状へと成り下がったのだ。
そんな人生を歩んだファルだから、安易に本心で女性を褒めることはできるだけしないように誓った。あくまでも身内以外には上辺だけの肯定の言葉を送っていたのである。
だがファルは綺麗、と明らかに本心の言葉として呟いた。
その言葉に金髪の少女は大きく、それは大きく目を見開いたかと思うと、精一杯の笑顔を返した。まるで天使の微笑、リールを見慣れているファルでなければどうなっていたことか。ファルはなんとか無反応で取り繕うことに成功した。
「ちょっと」
「ど、どうした?何か悪いところでもあったか?」
「貴方明らかに……、いや、何でもない」
「何か言い掛けてたじゃん…」
「何でもない!」
ファルの反応に頬を膨らますリール。いつかの自室で行ったやり取りとは違い、明らかに嫉妬の気持ちが混じっている。
そんなリールの反応に困惑しつつも、目の前の金髪美少女が優先だと判断し、そちらを向く。
改めて見てみると、肩程度まで伸ばされた金色の髪、深紅の紅い瞳、リールよりも少し小さいか程度だが一般女性からしたら十分に実っている胸、彼女を取り巻く容姿すべてが男を魅了することが容易にできるものだ。
笑顔を作っていた表情が途端、つり下がる。よそ行きの顔をしたかと思えば、ファルに言葉を投げ掛ける。
「お久しぶりですファレオール様。今回は手紙のこともありますが、突然の訪問、申し訳ありません」
「え?あ、はい。………あのー、第二王女というのはー……」
「あっ!申し訳ありません、ご挨拶が遅れました。私はロストディア王国第二王女、
ミリシア・フォン・ロストディアでございます。今回は手紙に記した通りの用件で参りました」
「……は、はー、第二王…、…―――」
ファルは彼女の身分を聞き、天を仰いだ。神に祈ったところでなにも叶わないことはわかりきってはいるが、願わずにはいられなかった。
対してミリシアはアルカイックスマイルでファルの事を見つめる。その瞳の奥には初対面では向けることのない親しみの色が込められている気がする。
「…………………オーケーオーケー。理解した。……おいリール」
「どうしたのよ」
「手紙ってなんだ」
「あ…」
現実を飲み込むのにはもう手慣れてしまった。そんなことを肌で感じさせるほどに素早い対応をする。
さしあたり、手紙、という聞き捨てならないワードの心当たりがリールにある気がしてカマを掛けてみれば案の定だった。リールが今思い出したかのように視線を上にしながら間抜けな声を出す。
「………リール?もしかして渡してませんの?」
「……………」
第二王女であるミリシアからの追加攻撃でもリールはだんまりとしたままだ。それはもうやらかしてしまったという風な顔だ。
ファルとミリシアからの突き刺すような視線を浴びるリール、数秒の膠着状態が続くのだった。
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