急展開、第二王女襲来!!


 ガチャリ、と扉が開かれる。


 だが、部屋の中にいる2人は扉が音を立てて開かれたタイミングでやっと反応することができた。


 リールがファルの脇や脇腹を色っぽい手つきでくすぐり続けていたために、ファルの笑い転げる声で気配に気付くことができなかった。

 2人なら扉の奥に人の気配があったらすぐに反応できるはずが、ほぼイチャイチャしていた状態なので完全に気が抜けていた。


「あら」

「ひゃっ」


 開かれた扉の外側にいる人は、片方はリールに並ぶ程の容姿をした金髪の美少女。そしてもう片方は、


「ファレオール様とリールミシア様が……、はわわわわ」


 この屋敷に仕えてくれている使用人の一人だった。たまにリールと談笑しているところを見かけるので2人は仲が良いと思う。


 そのメイドはファルとリールの痴態を捉えるやいなや、動揺したかと思えば、


「失礼しました~!」

「待ってくれ~!!」


 すぐに走り去ってしまった。

 恐らく他の使用人仲間に話を広めに行くんだと思う。余りにもタイミングの悪い登場にファルは涙が出そうだった。


 外ではクズ侯爵などと呼ばれているファルだが、屋敷内の使用人との仲は良好とも言える。積極的にファルが挨拶や気遣いをしていたりするので、使用人達は噂の一部を肯定しながらもファルとは良い雇用関係を築いているのである。


 そして先程走り去ってしまったメイドは、侯爵邸使用人の中でも随一のおしゃべりメイドとして有名だ。そんなメイドに話が広められたら……、


 背筋が凍る気配がしたのですぐさま追いかけようとしたものの、上に乗っかっている生き物と手錠で繋がれているのでうまく起き上がれない。


「頼むリール!今すぐに退いてくれ!!」

「嫌よ、こんな風に貴方の上に乗れる機会なんて早々ないんだから、満喫させなさいよ」

「一介のメイドが雇用主に対してする態度じゃない!!」


 モゾモゾと拘束から抜け出そうとするファルだが、それを許すほどリールは甘くない。


 ファルの手を全力で握ると同時に上半身、つまり胸の辺りを思いっきりファルに押し付ける。体重がうまく乗っているせいで起き上があることができないのもそうだが、背中に更に強く当たる感触のせいで力が抜ける。


 結果、リールの胸の下で体をよじらせることしかできないので、とても滑稽な姿だ。


 その姿を巻き起こしているリールはというと、これまた満足したような小悪魔めいた笑みを浮かべてファルを追い込んでいる。


「あのー」

「な、なん、ですかぁ!!??」

「……ちょっとリール、話進まないから止めなさい」

「ファルがこんなに戸惑うことなんて滅多にないんだからもう少しだけ~」

「いいから、というかそこ私と代わりなさい」

「はぁ?なに言ってるの?そんなこと私がさせるとでも」

「ぬおらぁ!!」


 何か知らない人とリールが言い争いを始めようとしていたので、隙を突いて魔法を発動して手錠を木っ端微塵に壊すことに成功した。


 話すのに夢中になっていたリールは突然手錠が壊されたことに動揺する。その心の動揺を利用してファルはそのままリールの拘束を解き、瞬時にその場から離れる。強いて言うなら10歩ぐらい。


「ふぅぅぅ…、疲れさせないでくれ。おいリール、イタズラもほどほどにしろ。俺は男だぞ」

「あら?そういう貴方はしっかりと私の事を女の子として認識しているようで嬉しいわ」

「そういう話じゃねぇよ!俺はな…「すいません」……なに?」


 起き上がったリールとそんな会話をしていると金髪の少女が口を挟み込んでくる。1時間くらいリールには説教が必要なのではと思うのであまり入ってこないでほしいのだが。


 というか、さっき逃げたメイドも追いかけなきゃならん。

 とても余裕のない状況に苛立ちと不機嫌という感情を込めて少しぶっきらぼうに返事をする。


「夫婦漫才は正直どうでもいいんですけど…。仮にもお客である私を放置するのは侯爵家次男として如何なものかと思います」

「おいおい、あんた俺の噂知らないのか?クズ侯爵と呼ばれるこの俺がそんな気遣いできると思ってんのか」

「ファル、その人王族の血統よ」

「クズはな!どんな相手にも……えっ?」

「だから、王女。第二王女」


 リールの突拍子のない発言にファルだけが固まる。リールは面識があるのか、さっきも言い合いをしていた通り仲はそれなりに良いようなのでフランクな態度だ。


 いや、そもそもとしての前提条件がおかしい。王女?第二王女?


「……………キュー」


 どこかで聞いた鳴き声をあげながら、立っていた体が崩れ落ちた。


 拒絶すべき言葉の登場により、意識が暗闇の中へと落ちていった。




 ◇




「んんんぅ?」


 どうやら寝ていたようだ。何だか悪夢を見ていたような気がするが、目を覚ますということは夢でしかなかったのだろう。


 それにしては記憶に強くこびりついているが気にしてはならない。


 ファルは重たい瞼を開ける。

 その光景は以前見たような双璧が聳え立っていた。その景色で今自分がどのような状況なのか察したファルは、二度寝をしようともう一度目を瞑る。


 頭の感触からして柔らかいももの上にいることは察しがつくのでそのまま甘えるように頭を押し付ける。


「いやん」


 すると、そんな可愛らしい声が聞こえた。どうやらくすぐったかったようで体をもぞりもぞりとくねらせている。


 あれ?気のせいだろうか。リールがいつもしてくれる膝枕の感触と少し違う。もちろん今も気持ちいいのだが、いつものリールのももとは違うものな気がしてならない。


 恐る恐る目を開けるとやはり双璧。

 ただ違和感が。目の前の胸を包んでいるものがメイド服じゃない。ドレスに近いがとても高貴な雰囲気がする。


「おはようございます」


 頭の上からそんな言葉が聞こえた。あのメイドはファルに敬語を使うことなどほとんどない。いつも舐め腐ったような態度を取るのだが、彼女には自分も素の方が気楽でいれると思って咎めてすらいない。


 だからこそおかしい。

 あのメイドが敬語を使うはずがないならば、声を出した人物とは一体誰なのか、そんな疑問が頭をよぎる中、視界の端に見知ったメイドが煎餅を食べている姿が見える。少しむくれたような表情をしているのは置いておいて、それならば、この膝枕の主は……、


 ファルは体を起こす。もちろんそのたわわに実った胸に触れないように避けて上半身を起こした。どうやら執務室の長ソファで寝転んでいたようなので、起き上がると必然的に膝枕の主の隣に座ることになる。


 ファルはその金髪の少女を視界に収めた。


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