イタズラ好きな憎めないメイド
「わうわうわうわう」
「ついに壊れたの?」
ファルは届いている手紙の多さに現実逃避をしたかのように壊れてしまう。もちろん壊れたというのは比喩だ。
ただ、目のハイライトを消して虚ろな目で手紙の山を見つめているだけだ。
「まじで言ってんの?これ全部見合い申し込みか?」
「私も半分くらい確認したけど全部見合いの話よ。他のパーティーの誘いみたいなのは別で分けてあるわ」
「これだけでもアホ多いっていうのに…。まだあるとか地獄かよ」
リールに思いっきり甘えた日の翌日、リールの予想通りそういった下心満載の手紙や見合いの誘いのお便りが大量に届いていた。
下心を隠そうともしない貴族に恐怖を抱けばいいのか…。
「これって全部返さなきゃダメ?」
「ファルが無視するっていうならそれでいいと思うわよ。お見合いの誘いを相手貴族に送っても返事が来ないなんて珍しいことじゃないし」
「じゃあ無視で」
「相変わらずの潔さね。我が主ながら畏怖の念を送ってもいいくらいよ」
「俺を恐れてどうすんねーん」
「切れ味悪いわね」
「ツッコミに切れ味なんかないだろ」
取り敢えず全部ごみ袋に入れてポイだ、と決心したファルは山のように積み上げられた紙くずをごみ袋に積めていく。
量が量なので時間がかかるだろうがリールが手伝ってくれるのでなにも問題はない。
「あっ」
「??どした?」
「……言いにくいんだけど…、いや全部片付けてから話しましょう」
(????)
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされていく。ここまでに謎な切り返しはないと思う。
まぁいいか、とそこら辺にある紙くずをどんどんとポイポイしていく。
今いる部屋はファル専用の執務室とも言えようか、本来は仕事がないので一切立ち寄らないのだが、極稀に仕事の手伝いを父や兄から命じられるのでたまに使ってはいる。
リール以外の使用人が大量に届いた手紙等を運んでおいてくれていたので感謝しかない。
(……なんだかつまんないわね…)
リールの頭の中にはそんな言葉が浮かぶ。先の手紙はどちらかというと厄介な問題方面のものなので後で相談することにした。
だが、流れ作業をするだけではつまらない、と感じたリールが何かないかと自身のメイド服の中をまさぐる。
何だか布が擦りきれる音がずっとしているのでそちらの方向にファルは顔を向ける。手紙を捨てるために名前や内容を確認しながら見ていっているので必然的に顔は下がってしまう。
そんな状態から少し力を入れて顔を上げると驚くべき光景が待っていた。
「う~ん」
リールが自身のメイド服の襟から手を中に入れて胸の辺りをまさぐっていたのだ。あまりの光景に心臓が大きく速く高鳴ってしまう。
(ちょいちょいちょいちょーい!健全な思春期男子に見せていいような格好じゃねぇ!)
幸い、リールは自身の事を見るファルに気付いていない様子なので安心できるのだが…、じっと見ていたら怒られそうなのですぐにサッ、と体ごと別の方向を向ける。
「まったく、なんて危ない格好を…。襲われても文句言えないぞ…」
そうひとりごちる。リールのメイド服の上からでもわかる強調された胸に彼女の手が乗っているのが丸わかりだ。あまりにも刺激的すぎるリールに普段向けることのない艶かしい感情を抱いてしまう。
まったく、と心の中でそう言葉が出てくるがどうにも……、ファルは何か変な音がしていることに気が付いた。
カチャ、カチャ、ガシャン
金属が手に触れる感触がしたと同時に鉄が擦れる音がする。
その金属は触れると生暖かい温度で手首を輪っか状に包む。
日常では中々聞かないような物体の音だ。ファル自身も『希代の英雄』として活動していなかったら聞くことはなかった音だろう。
カチャ、カチャ、ガシャン
今度は同じ音と感触が足首からするではないか。金属特有の冷たい感触がくるかと思っていれば、どちらも人肌と同じくらいの温度で手と足に当たる。
ファルは後ろを振り向いた。
「よし、これで…」
振り返って飛び込んできた光景とは、どこかのメイドがファルの手足に自身の手足を手錠で繋いでいるではないか。
(というかちょっと待って…。その手錠、どっから出した…)
意味不明という言葉がファルの頭の中で往復している。
先程、襟から胸へ手を入れていたので普段閉められているボタンが開いている。その隙間から見えるのは男を魅了する谷間だった。あまりにもえっちな光景に顔に熱が上ってきている気がする。
並外れた情報の多さに思考が渋滞する。正直オーバーヒートしそうだった。
どこぞのメイドの表情は晴れやかで美しいものなのに対してファルは険しく、呆れが混じった表情をしている。
「なにしてんだ?リール」
「手錠で手足を繋げたのよ」
「何故?」
「暇だったから」
「まじで理解できん」
「理解する必要はないわ」
途端、リールが手錠をしてない手足でジャンプして俺の背中に乗っかってきた。ギリギリで受け止めれたかという所でリールがジャンプしたせいで繋いでいる足が
「グベェッ!!」
カッコ悪い声しか出していない気がする。
「な、何すんだよ!まじで意味がわからんのだが!?」
「わかる必要はないって…、そーれコチョコチョ~!」
「ふぇ、あ、あははははは!」
普通、手錠で手足を繋ぐなら対称になるように、そしてお互いが向かい合えるように繋ぐだろう。
ただ、リールがファルの右手右足、そしてリールの右手右足に繋いでいるせいで彼女がファルの上に乗っかかる形で身動きが取れない状況となっていた。
そのままの勢いでくすぐり攻撃を仕掛けてくるのでたまったもんじゃない。
この際背中に感じる柔らかいものの感触は無視して、この体勢から脱出する方法を思案する。
だがしかし、鍛えられたリールの手の動きは尋常でなく、笑いが止まらず考える余裕すらない。
「あははははははははははは!!!」
「ふふふぅ…、かぁわいいぃ…」
笑い転げる主人の姿を納めて、これ以上ないくらいの蕩けた顔をする。
そして、ファルの笑い声のせいでリールの呟きがファルに届くことはなかった。
今リールはファルの上に乗っかっている状態なため、客観的に見ればヤバい状況だろう。
誰かに見られるのは不味いとファルは笑いの中で感じ、なんとか打開策を練ろうとする。
ただ、世界がファルに味方することはなかった。
ガチャ
扉が開く音がする。その音に気付いたのかリールの手がやっと停止する。だが時既に遅し。
開けられた扉の奥には金髪のリールに並ぶ程の容姿をした少女が姿を現すのだった。
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