第4話 S駅にて


3日後、私は新幹線でS県に向かっていた。


父である、山前正臣に確認しておきたいことがあったからだ。


 母の葬儀の日には、さすがに聞けなかった事がある。その事が私の呼吸を、鼓動を加速させる。珍しく緊張しているようだ。


(少しでも平常心を取り戻そう…)


ハンドバックから小さなポーチを取りだし、その中にある薬を2錠、ポイと口に放り込む。

そして大きく伸びをし、深呼吸をする。


『おねえちゃん』


しいなが黒い斜めがけのバックから顔を覗かせた。


『ここ、いいね!おねえちゃんと私しかいない、おへやみたいなでんしゃだねえ、はやいはやい!』


 個室をとったのは正解だっただろう。何しろ、新幹線は狭い座席だ。気を休めることなどできっこない。

そして、こんな風にしいなと会話することも出来ない。

少しでも自分の精神を落ち着かせ、自分と向き合うために。


 先程購入したオレンジジュースを飲みながら、S駅に着くまでの間、私は思う存分寛ぐことにした。そして、いつの間にか眠ってしまったようだ。




 ─…

 ──…様、


「お休みのところ大変申し訳ありませんが、当列車はまもなくS駅に到着いたします。お忘れ物のないよう、ご支度をお願いいたします。」


「ん…っ、あ、はい、ありがとうございます」


(さすがグランクラスの1等席だわ、パーサーが目覚まし替わりに起こしに来てくれるなんて…)


 私はすっかり感服しながら、キャリーカートとハンドバッグを手に取る。

 そして、黒いショルダーバッグ。これだけは忘れる訳には行かない。



 駅の改札をするりと通り抜け、そこからは地下通路を移動する事になる。


(…少しは、精神的に落ち着いてきたみたい。)


 自分のみぞおちの辺りを擦りながら思う。


 そんな事を考えているうちに、あっという間に地下通路の出入口に着く。

 地下通路から地上へ出ると、春とは名だけに、明るい太陽がちりちりと肌を照らす。


 S駅周辺ではすっかり桜は散ってしまっていて、代わりに若葉色の新芽が眩しそうに顔を出していた。


 待ち合わせ場所は、北口の改札前ロータリーだ。カツカツと靴音を鳴らし、近づいていく。

 しいなも緊張しているのか、ぎゅっと丸まって動かない。


 待ち合わせの主は、もう先に到着していた。


「おーい、ここだ、莉緒」


 この人には名前で呼んで欲しくないな…と思いつつ、


「こんにちは。山前さん。今日はお車を出していただき、ありがとうございます。」


 先制で、私が先に挨拶をする。


「いや。私がそちらに向かっても良かったんだが、よく来てくれたね。鉄道は得意ではないときいていたから。それから…娘に苗字とさん付けで呼ばれると、なんだか変な感じがするなあ…」


 山前は腕をこまぬきながら、少し困ったような顔をしている。


「では、正臣さんとお呼びすればよr…」


「パパ。」


(…は?)

 私は思わず眉をひそめる。


「パパがいい。」


「無理です、お断りします。」


「んー…じゃあ、10,000歩譲って父さんはどうかな?」


 

 山前のあまりに外見に釣り合わない子供っぽい要望に、私は思わず吃驚きっきょうした。


(うーん、こうは呼びたくないけれど、まあ仕方ない、か...)


「...では、早速参りましょうか、。」


 私は車の後部座席のドアを開け、するりと乗り込む。


「ちょっと待って、なんで後部座席に乗るんだ?親子なんだし、助手席に乗ればいいじゃないか…」


「いいのです、これで。こちらの席の方が普段から乗り慣れていますので。心配はご無用です。安心してください。」


「うーん。なんだかなあ…」


 山前は首を傾げながら、シートベルトを着用し、ウインカーを右方向に出した。


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