第3話 桜色に包まれて

 母の葬儀は、粛々しゅくしゅくと行われた。


私は親族の立ち話をなるべく聞かなかったことにして、早足で長い廊下の端を通っていく。


「お母様、よく頑張ったわね...」


「…はい。今日はご会葬いただき、ありがとうございました。」


 弔問客に適当な挨拶をして、お辞儀をし、更に歩みを進める。


 ここは、母と奈月さんの実家だ。この屋敷はどこがどの部屋が分からなくなる程広い。

その部屋を、一つ一つ見てまわる。


(山前さん…どこにもいない。聞きたいことがあったのに...)



 私は奥の部屋に着くと、襖をそっと開けた。


 さっきまであんなに弔問客がわんさか溢れかえっていたのに、しんと静まりかえった今、目の前にあるのは、沢山の花に包まれた立派な祭壇、母の大きな遺影…


「...良かったね、母さん。もう自由に動けるよ。痛みも感じないし、なんでもできるよ。ね、しいな」


 私は静かに遺影に向き合うと、背筋を伸ばしながら、母に向かって正座をした。

 しいなを奈月さんメイドのバックから取り出し、にっこり笑う母が写る遺影に向けてみる。


『おかしゃん、ひさしぶりなの…かなしいの…』

『あの、おねえちゃんはしんじゃったりしないでね?』


「人はいつか死んじゃうんだよ。ぬいぐるみに寿命があるのかはわかんないけど」


『そう、なんだ』

『じゃあ、いつか、しいなも…』


「うさぎさんは、虹の橋のたもとでみんなと暮らすんだって。そう聞いたことがある。ぬいぐるみは、ちょっと分からないけど」


『じゃあしいな、そこでおねえちゃんがくるまでまってる!』


「ふふ、ありがとう。」


 ここは告別式の間として使われ、先程まで大勢の弔問客が涙をこぼしていた場所なのに、私は思わず笑顔をこぼす。

 まるで、何事も無かったかのように。


 もう一度、母の、血色のよく満面の笑みがあふれてきそうな遺影に目をやる。


(これが、母さんの顔…?)


 自分の頬を手でぺたぺたと触ってみる。

奈月伯母さんや啓介伯父さん、他の親戚たちによく言われたが、私と母の顔立ちは本当によく似ているそうだ。


(うーん、そうなのかな?)


「しいなはどう…ど、ちょっと!」


 少し目を離した隙に、しいなが焼香をあげようとしていた。


「だめだめだめ!燃える!燃えるから!」


 慌ててしいなを手に取り、火から遠ざける。最近、人間のすることに興味が湧いてきたしいなは、所謂イタズラをするようになった。まあ、本人に悪意は無いのだか。


『おすなを、ぱらぱらして、もやして、のーのーのーってしたかったの…』


「そっかそっか。じゃあ今度は火のついてないお砂でやろうね。」


『うん。やるー!』


 しいなが屈託のない笑顔を浮かべる度、私の心が安らいでいく。


 母は、病に伏しても、最後まで気丈な態度を崩さなかったという。


 そんなところも私は母に似ているのだろうか。

私が最後に見た母の顔は、笑顔ではあったものの、痩せ細り、頬は痩けていた。しかし、とても安らかな顔をしていた。


 記憶に残る母の顔と、あまりにも違いすぎる遺影は、嫌でも私の悲しみを煽ってくる。

私はハンカチで軽く涙を拭うと、立ち上がり、ある考えを巡らした。


...やっぱり、会いに行って直接聞こう。

山前正臣に。

母のことを。私のことを。

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