第2話 417



「これでいいかしら?大きさもちょうどいいと思うのだけれど。どう?」


「…うん。ありがとう、奈月さん。こんなに素敵なの作って貰えるとは思わなかったよ。」


 今年の桜は遅く咲いた。ハラハラと散る花びらが、外廊下に不規則な模様を描いていく。

 私は伯母である奈月さんから、ハンドメイドの小さな黒いバックを受け取り、しげしげと見つめた。


「それだったらうさぎのお人形さんを入れても、目立たないでしょう?とっても大切なものですものね。」


「…うん。」


 思わず、言葉につまる。


 私の大切なものは、ぬいぐるみのしいなだけになってしまった。

…いや、でも親戚にだって大事な人がいる。


 相田奈月(あいだなつき)。


私の母の姉であり、とても優しくて、他人の心を何より大事にする人だ。私の歳でぬいぐるみを連れ回していても、小言も言わず、可愛いわね、と微笑んでくれる。そういう人だ。


「……」


 いつもの巾着からしいなを取りだし、真っ黒い、けれどリボンの付いた愛らしいデザインのバックに入れ替える。

 まるであつらえたように、しいながピタリと納まった。


 改めてお礼を言おうと振り向くと、奈月さんはうん、うん、と微笑みながら、涙を一筋こぼす。

 せめて感謝の意を伝えたくて、そっと会釈をした。



 暫くしてから、こちらに向かってくる足音が徐々に近づいてくる。


「こちらにいらっしゃったのですね。」


「ああ、久しくお会いしていませんでした。山前さん。この度は…」


 私は廊下を曲がり、2人の声が届かない所まで移動する。



「しいな…」

 奈月が作ったバックを少しだけ開けて、私はしいなに呼びかけた。


『なあに、おねえちゃん』


「私、なぜ泣けないのかな。悲しいことなのに」


『かなしいときほどなけないって、きいたことがあるよ』


「そうなの、かな。」


『うんきっとそう。わたしもそうだから…』


 …頭がぼーっとする。春独特の空気の匂いを感じながら縁側に座っていると、私を呼ぶ声がした。


「あれから少しでも眠れたか?」


「山前…さん」

 私はこっそりしいなの頭を撫でながら、小さく首を横に振る。


 山前正臣(やまさきまさおみ)。


 彼は…私の実の父にあたる人だ。

しかし、母と山前さんは婚姻関係はなく、いわゆる内縁の夫・妻の関係にある。

 お父さん、とは呼びたくなかった。パパと呼ぶなんて、土下座して頼まれても嫌だ。

 だから、姓+さん付けで呼んでいる。


「3人とも、そろそろ…」


 奈月さんの夫、私の伯父である啓介さんが、手招きをして私たち3人を呼ぶ。

(そろそろか...)

大きく息を吸い込み、思い切り吐く。

すー、はー。すー、はー。

肩を動かさないように、腹式呼吸をする。


『だいじょうぶだよ。おねえちゃん、しいながそばに、いるからね』


 私は、しいなの頭を再び優しく撫でながら、そっと新しいバックにしまった。

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