二章 光が差す病室

「神崎さん 体調はどうですか?」

「はい 特に調子が悪いとかはありません。」

「分かりました。」


この生活にはもう飽き始めている。あまり面白いものでも無い、学校に行っていた方がよっぽど楽しいとさえ思っている。強いていうなら私の病室が個室と言うのが幸いだ。テレビも冷蔵庫も、なんなら洗面台にトイレにシャワー室まで付いている。

まぁ私は浴びられないんだけど。

入院していて大変なのはやはり時間を持て余す事だ。

私の場合いつ退院出来るか分からないから、よほど暇だ。勉強しろと言われるけど、ずっとなんてしていられない。

だから私は小説を書くことにした。今の時代私みたいな、しがない女子高生でも小説を書いて投稿出来る時代だ。元々趣味でたまに書いている程度だったけど、今なら書く時間あるし、書いてみても良いと思ったんだ。

「御影茶屋の日常」という小説。

主人公は若い男の人で、京都で茶屋をやっている。

店に来る色々な人と関わっていくというストーリーだ。

私は小説を書く時必ず大体全部の内容を構成しておく。

そうしないとむやみやたらに書き散らして、やっぱり違うとなった挙句、もう良いやとお手上げ状態になってしまう。

書き上げないと、それは小説とは言えない。

中途半端な産物だ。

私は本を読むのも、書くのも大好きだが国語は全く得意じゃない。 これだけ言っておこう、本をたくさん読んだからって国語の文章読解など出来ない。

私の場合、文を読む力では無く文を書く力に半ば全振りという結果に至った。珍しい事例なんだろうか。

大きな窓から光が差している、正方形の大きな窓

開放感とはこう言う物を言うのだろうか。

哀無あいな来たよ。」

友達の琴波と彩美が来てくれたので、私はノートパソコンを閉じる。

「今日は学校でね、難しい数学の範囲を習ったんだよ、哀無」

「琴波 それじゃ伝わりにくいでしょ。正確に言うと微分と積分という分野に入った。微分積分って聞くだけで難しいし、実際良く分からなくてさ。 哀無教えてくれない?」

何故私が教えるんだよ 逆でしょ普通は

「分かった ミルクティーで手を打とうじゃ無いか」

「乗った」

しばらく待っていると二人は本当にミルクティーを調達してきた。仕方ない教えるか。

二人を長時間病院に居させるわけにはいかないので

物凄く分かりやすく解説した。

「ここはこの二乗ってのを前に持ってきて、一を引く

そうすると...」

「なるほどこれで微分が成立するのか。」

「ついでに増減表もやっておこう。」

ミルクティーのお礼と言ってはなんだが、増減表から

極小と極大を求める方法までしっかり教えておいた。

「ありがとう哀無 助かった。また来るよ。」

「うん ばいばい」

私は学校には通えていないが、暇な時間を使って教科書は片っ端から勉強しているし、先生から時折届くプリント、それもやっている。

極端な話、学校行っている人よりも勉強が進んでいるという訳だ。

病院って静かな場所だから、以外と作業環境が整っている。殆ど一人の時間だけど。

親は一週間に四回程度着替え等を届けに来る。

兄は一週間に一度、友達は三度ぐらいきてくれる。

しかしそれでもずっと大半私は一人だ。

面白く無いな。こうも動かずに毎日を過ごしていると、

逆に疲れる。

色々なアニメやテレビを見た。時間を潰すのもそう楽じゃ無い。御影茶屋だってもう八万字を突破している。

正直最初の構成からだいぶん変わってしまった。新メニューだっていっぱい作り足したし、お客さんもずいぶんとふえた。明確なストーリーラインが無いから、終わるに終われない。私は不意にテレビをつけた。

世界の絶景ランキングを見ていく特番のチャンネルが

写った。しばらく見入っていた。

日本からもいくつか乗っていた。京都の神社の景色。

京都伏見稲荷大社、鳥居がいっぱい並んでいて有名な所らしい。この様な場所に御影茶屋があったら風情が出るかな。

京都と言えば神社や寺院という印象がある。

私は清水寺などの有名な観光スポットにはあまり興味は無く、市街地から離れている瑠璃光院や源光庵などと言った比較的マイナーな所が好きだ。

京都という土地が好きだから私は今御影茶屋を執筆している。

以前友達からオープンキャンパスついでにプチ京都旅をしたという話を聞いた。

なんでも嵐山のモンキーパークはオススメ出来ないと言う。どうやら山をひたすら登っていかないといけないらしい。彼はお土産のお菓子を置いて帰って行った。

お土産美味しかったな、おこげはん、と言ったっけ。

米の原型が残った状態のせんべいの様な物で食感はザクザク、食べると香ばしさが口いっぱいに広がる。

もう一度食べたい。

こうやって毎日をすごしていると

皆んなを凄く羨ましく感じる。私はここから動く事が出来ない。その間皆んなは色んな体験をして、色んな出会いがあって、発見があって刺激に満ち満ちた日々を過ごしている。

いつ、ここを出ていけるかも分からない 不安も心配も少しづつ積み重なっていく。

今は大丈夫だけれどいつか耐えきれなくなったりするのかな。

この日々が普通じゃ無いという事は分かっている。


九月二十七日


季節は夏から秋へと変わりいくらか涼しくなって来た

今年の夏はとても暑く猛暑日が続いていたみたいだ。

部屋にある窓は少しだけ開閉が出来る。

勿論転落防止の目的もあってそんな大胆には開かない。

少し空いている窓の隙間から涼しい風が入り込んでくる。

そういえばずっと書いていた小説は遂に完結したので

まとめて小説掲載アプリに載せておいた。

いくらか読んでもらえたみたいで反響があったのは嬉しいけど、次の小説のテーマ探しに翻弄されている。

何が良いのだろうか、転生系とかそう言った類に手を出してみるのも悪く無いのかもしれない。


風が吹き込むのと同時に一枚の葉が私の病室に入って来た。動力源を失った葉は床に落ちていく。

ここは五階、葉っぱがここまで来るのは中々有り得ない事だ。風が吹いただけで辿り着けるものか。

何か不思議そうにそう思っていると

ベットの死角から 少女が一人立ち上がってきた。

人がドアから入ってきていない事は当然分かっていた。


「あ..あの..貴方は誰ですか? どうやってここに..」


少女は身の埃を祓うかの様な仕草をした後にこう言った

「こんにちは 私は羅稲、驚かせてしまってごめんなさい。貴方が少し辛そうだったから。 風の力をちょっと借りました。」


とんでもない事が起こっている事はすぐに分かった。

私そこまで馬鹿じゃ無いから理解出来る。

木の葉が飛んできた、それは少女になった..。

たったそれだけ、たったそれだけなんだ。理解しろ私、飲み込め私。


いや どう言う状況


「え...あ あの えぇ」

もう何て言ったら良いんだよこれ

「困惑するのも仕方ないです。私が勝手に入って来ましたから。そうですね..貴方の名前を聞いても良いですか?」

少女は病室の椅子に座った。


「私は神崎哀無 一応高校二年生です。まぁずっとここにいるんですけどね。」

「私とちょっと話しませんか? 哀無はお喋りとか苦手ですか?」

「いや そんな事は無いよ。敬語も使わなくて良い。ここに人はあまり来ないし。私も話し相手が欲しかった所。」

なんだかよく分からない事になったけど、まぁこれぐらいの事が起きないと、ここはあまりにもつまらない。

その後は羅稲と色々な事を喋った。普段人と全然話す機会が無いからいくらでも喋っていられる。

「哀無 何か悩んでいることとか無い?」

「そうだね 強いて言うならこの生活が楽しく無いし、面白く無いってことかな。最初の最初は悪く無いって思っていたのに、日が経つにつれて段々としんどくなって行って、もう疲れたんだと思う。皆んなが来てくれるのは嬉しいし、ありがたい事だけれどそれでも普段してた暮らしがしたい。」

「それはそうだよね。この部屋は個室。普通の病室に比べたら、幾らかは過ごしやすいのかもしれないけれど、

それでもある程度の期間が過ぎれば私でも辛い。」

「私が普通の暮らしを送っていれば、色々な場所に行って、色々な発見をしてただろうって思うと辛い。」

「よし 分かった。今日は遅くなったし帰るよ。

そして明日の昼頃ここへ来る。哀無の悩み、しっかり晴らしてあげる。好奇心に溢れた貴方が見たいから。」

羅稲は床に落ちていた葉を手に取り、窓の隙間から外に飛ばした。そこに羅稲はもういなかった。

本当に不思議な子だ。そして本当に優しい子。


九月二十八日

昼食をとってしばらく待っていると、窓の隙間から

葉が入って来た。もう慣れた光景

「こんにちは哀無」

「こんにちは、ちゃんと来たんだね」

「私は約束を破らないから。じゃあ早速始めようか。」

「何を?」

「哀無立てる?」

私はベットから降りて、羅稲の前に立った。

「哀無 今から起こる事は、私がここへ来た以上に

信じられないことと思うけれど、心配はしないで。

私がきっと助けるから。 私の手に触れて。」

私は羅稲の小さな手にそっと触れた。

私はまるで異世界の様な場所に羅稲と立っていた。

三百六十度木で囲まれた円形の土地、小さく枝分かれした自然の水路には水が流れていて、円形の土地の真ん中には最も大きい木が御神木のように立っていた。

時間は夕暮れ時 夕日が差すこの場所は、それはもう綺麗な場所だった。

でも時間は止まっている様だった。

「ここは?」

「驚いたりしないんだ、ここまで冷静な人を私は見た事が無いな。良いね 私は好きだ。 ここが何処なのか

いつなのかは残念だけど言えない。 もうすぐ一人の男がここへやってくる。 その人と話してみると良い。」

私は御神木の様な木の下にある岩に座って、羅稲と話をした。

そうやって待っていると、大きな荷物を背負った男性がこちらに歩いてくるのが見えた。

羅稲はその男性に話しかけに行った。少しの間話した後

男性がだけがこちらに歩いて来た。

「こんにちは 私は四宮涼介って言います。好きに呼んでもらって構いませんが」

可愛らしいおじいちゃん、随分しっかりしている人だ。

「こんにちは 私は神崎哀無です。」

四宮さんは私の隣に座って話し始めた。

「聞きましたよ 病院でずっと長い間過ごしているんですよね。」

「はい そうですね。もう高一の頃からずっとです。

最初は良い生活だなんて思っていました。ずっと横になってるだけですけど。でも日が経っていくにつれて何も面白く無くなって行ったんです。病院の中は出会いも発見もありません。つまらないって感じるだけならまだ良かったけど、今は不安や心配も積もっていくばかりで。」

「まぁまぁ落ち着いて深呼吸してください。

ここは落ち着ける場所です。哀無さん 貴方は凄い人です。自分が今どの様な状況にいるかちゃんと把握出来ている。中にはその心配や不安から抜け出そうと足掻いて自暴自棄に陥る人だっているんです。

でも貴方は正面からそれと向き合って、それを素直に伝えてくれました。中々出来る事じゃ無いんですよ。」

とても落ち着いた優しい声だった。

こうやって褒めて貰ったのはいつぶりだろうか。もう思い出せないや。

「実は私にも昔嫌な思い出がありましてね。三七歳頃の時、私は息子を失ってしまったのです。まだ十八歳でした。青信号を歩いていると、高齢者が運転する車が突っ込んで来た様でした。病院で息子の死を知った時私は倒れたみたいですが。」

「それは..なんと言うか。」

「良いんですよ、今はもう気にしていません。私は息子が亡くなった後、息子が子供の頃好きだった公園に行って羅稲に話しかけられて、それがきっかけで旅人になったのです。」

「旅人というのは、世界一周したりする あの?」

「そんな感じです。私はロードバイクで世界一周をしました。かなり時間がかかってしまいましたが、アジアから始まった私の旅は無事に終わりました。」

「ロードバイクで世界一周..凄いですね。私なら絶対出来ないや。」

「私は色々な景色をこの目で見ました。本当に色々な人と出会いました。知らない言語に戸惑ったり、知らない作法に困らせられた事だって何回もありました。

それをちゃんと全部知った上で言います。

哀無さん 貴方も世界の景色を見てみたくありませんか。私はこの世界一周でさっき言ったみたいに困ったことも沢山あったけど、それ以上に何倍も嬉しい事と楽しかった事がありました。」

「私が 世界を見る..ですか。 考えた事も無かったです。」

「私は貴方に好奇心の大切さを知って欲しいんです。好奇心とは一般に、物事を探求しようとする根源的な心の事を言います。世界一周 いや日本一周でも、自分の県の名所を回るのでも良い。まだ見ぬ景色を追い続ける

好奇心を持って見ませんか。視野は広い方が楽しいですよ。」

そういえばそうだった、色んな景色を見て、色んな人と出会って、色んな発見と体験をする。

私が病院にいる間 ここを出ればしたかった事はまさしくそれだ。積もっていく不安と心配がそれを隠していた。心の奥底では一種の限界を迎えていたということか。元々存在しようとしていた好奇心に埃を被せてしまったのは、間違いなく私だ。

「見て見たい... 病室以外の景色。 日本の景色。

世界の景色。 病院から出られたらですけど。好奇心が持続する限り私は色んな経験をしたい。そのためには好奇心に埃が被らない様に気をつけないとですね。」

「貴方ならきっと出来ますよ。自分と向き合う事を辞めなければ、きっと。」

「所で 四宮さんは羅稲と会って旅に出たんですよね。

羅稲には何て言われたんですか?」

「あぁ 息子は貴方が悲しむ所は見たくない。しょぼくれて無いで視野を広くするために旅に出ろってね。ひどい言いようだろ。でも実際そうして大正解だった。あの子が取らせる選択に多分間違いは無いんだろうと今となっては思います。ここへ来るのだって その日羅稲に言われたんですよ。 三十五年後の、この日にここへ来る様に。私は決して忘れなかった。だから今貴方と話をしている。救われた身からアドバイスをする身になるとは思いませんでしたが」

「なんだか羅稲の印象とはだいぶん違いますね。」

私と四宮さんはしばらく談笑をした。

彼の世界の話はとても面白く、いつまでも聴いていられる。 中国で会った日本語の喋れる男性の話。

ペルーでキャンプ中にヤクに囲まれた話。

全て彼自身が体験した事だと思うと、改めてとても凄いと感じる。

「さて私はそろそろ行かないと、この場所は言ってはいけないと言われていますがヒントをあげます。ここは日本ではありません。私の生涯最後の海外旅行ももう終わりという訳です。」

「私の生涯初めての海外旅行ももう終わりますよ。」

彼はにこやかに

「では また何処かで」

と言って去って行った。旅人という肩書きが良く似合っている。

「羅稲 終わったよ。」

「そう じゃあ私達も帰ろうか。 でも一つ君に言っておく事がある 私は病室でもう君に会えない。それと五十年後の九月二十八日 ここへ来て 哀無ならきっと見つけられる。」

「うん 分かった。きっと羅稲に会いにいく。数え切れないぐらいのの土産話を持って。」

私は小さな羅稲の手に触れた。そこは夕暮れ時の病室だった。

涼しい風が窓の隙間から吹き込んでいる。羅稲にまた会いに行ける

いまの私は好奇心に満ちている。

ノートパソコンを開く 小説のタイトルが決まった。



光が差す病室 終

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