新緑の影の上で貴方は言った

@Laimmu

一章 自然に包まれた場所

ガタンゴトン ガタンゴトン

最初人の多かった街並みが だんだん緑に覆われて来た

ガタンゴトン ガタンゴトン

人があまり乗っていないこの電車に揺られて

僕は一人で祖父母の家に向かっている。  

車内はとても涼しくて快適だ。

普段騒がしい日々を送り  疲れた しんどいばかり言って生活して来た僕にとって

ただおっとり電車に揺られているだけの時間はとても充実した休憩時間なのである。


両親は仕事が忙しいようで 一緒に来てはくれなかった

「もう中学二年生なんだから 一人で行って来なさい。」

って


冷たいものだよ 本当に。

この三日間の祖父母家への滞在は 部活を休むには丁度いい理由だ。 存分に堪能させてもらおう。こんなに暑いのに毎日四時間も部活なんてやっていられない。

ペットボトルの麦茶を取り出し、蓋をパキパキと開ける。 買ってから少し時間が経っているが、水滴がまだ付いている。

ゴクゴクと飲み、バッグへとしまう。

「まもなく 中村駅 お降りの際は忘れ物のございませんようご注意下さい。」

ついたようだ。 僕の祖父母の家は 高知県四万十市

自然に包まれる場所にある。



今日は七月二十六日 

もういよいよ夏本番といった感じで、電車を出ると

むせ返るような暑さだった。でも一つ言えることは 建物がいっぱい建っている住宅街で感じる暑さより、人知れぬ田舎で感じる暑さの方が余程気持ちが良いという事だ。

駅を出ると 祖母が迎えに来てくれていた


「葵ちゃん! おかえり」


「ただいま!」


祖母が僕を、ちゃん呼びするのはずっと変わっていない。 懐かしい 昨年は来れていなかったから。

ここがとても懐かしく感じる。

車で少し走り 四万十川も見えてくる。家はもう近くだ。

見渡す限り緑に覆われる いわゆる田舎。

田舎暮らしは不便という人は多くいるけど、僕はこっちの方が好きだ。 帰って来られるのなら毎年帰ってきたいと、

来るたびにそう思う。

「葵 久しぶり!」

「やっちゃん! どうしてここに? 久しぶり」

やっちゃんは毎年帰省する度によく遊んでいる友達だ。

明るく気さくで 人付き合いが上手くとても優しい。

今日は何故か祖父母の家で待っていた。

「葵ちゃん 私が呼んでおいたの、 ほら 久しぶりだから早く会いたいんじゃ無いかと思ってね。」

なるほど 気をきかせてくれたのか。

「まぁまぁ まずは昼食を取りましょう。 暑いからそうめんにしてみたの。」

「うん こう暑いとね。 やっちゃんも一緒に食べていくの?」

「うん 俺も食べる、そうめん大好きだから!」

風鈴のチリンという音が聞こえる瞬間は、田舎の涼しげな夏を感じる。 蝉の音も夏には欠かせない。

僕たちは昼食を食べた後、和室でしばらくやっちゃんと話をした。 彼の話はとても面白いからいつまでの聞いていたくなる。

やっちゃんは家の用事があるようで、また来るからと言って家を出て行ってしまった。

時間はまだまだあるし、散歩にでも行こうかな。

「おばあちゃん ちょっと散歩に行って来るよ。」

「分かった 気をつけて 水分はしっかり取りなさい。」

手提げ袋にタオルと水筒 スマホを入れて準備完了

あっ 帽子も被る。

「はい 行ってきます。」


とても暑いが、緑の多い景色はとても気持ちが良いものだ。 暑さのストレスはあまり感じない。

しばらく歩いていくと川が見えてくる 四万十川

簡単に言うと 物凄く綺麗な川 物凄くね。

これが水の本来あるべき姿なんじゃ無いだろうかと

思ってしまうほどに、その川は澄んでいる。

高知県には 仁淀川という、すごく綺麗な川もある。

二つの川は 示し合わせた様に同じ県に存在する事に

何か不思議な縁を感じる。

川沿いまで降りて行く 水の流れる音が大きくなっていく。

ん...? 川沿いの岩の上に少女が座っている。

白いワンピースに麦わら帽子 白いスニーカーを履いた

可愛らしい少女。

この辺りの子 なのかな。 もしくは僕同様、親の故郷に帰省している感じか。とりあえず挨拶をしてみよう。


「こんにちは」

「こんにちは 貴方は?」

「僕の名前は葵。君は?」

「私は羅稲らいねまぁ今はこの辺りに住んでいます。」

不思議と柔らかく心地のいい 凛とした口調

「良かったら少し話しませんか? 今日はちょっと暇で..。」

「良いですよ 私も特にする事も無く、ただぼーっと川を眺めていただけですから。」

「葵 両親は一緒に帰っていないの?」

いきなり切り出された話題に 少しドキッとした。

「何故それを?」

「ごめんね さっき道を歩いていたら たまたま聞こえてしまって」

そういや 家に着くまで、やっちゃんと色々話してたな。

「うん 両親は一緒に来てくれなかった。 仕事が忙しいとか 僕は中学二年生だから一人で行けるだとか。」

「そっか でもちゃんと一人で来れたのなら、それはきっと凄い事だよ。少なくとも両親の期待は裏切らなかった。」

「そうかな でもやっぱり僕は皆んなで来たかったかな。来年は受験だし、高校生になればさらに忙しくなる 今年が終わればしばらく来る機会は無いのに」

「そう 両親思いで良いね。 どう?ここは楽しい?」

「楽しいというか落ち着くというか、日々色々悩んでいたのが不思議なぐらいの気持ちになってる。」

「葵には 悩みがあるの?」


「そうだね 最近自分という存在意義の様な何かが、よく分からなくなって来て、何故僕はこれをしてるんだろう 何故僕はこうなったんだろうって、自暴自棄に陥ったり。僕一人居なくたって この世界は成立してしまう」


どうしてだろうか こんなに初対面の人に、何故悩みの芯の様な物を綺麗にうち開けてしまうのだろうか

不思議な感覚だ


「それは辛いね 誰にも必要とされないことって、中々辛いというか 苦しいというか。 でも、それは葵がそう思い込んでしまっているからじゃない?」

「そうかも知れない でもどうやったらこの思い込みが治せるのかも分からない。」

「分かった 明日またここに来てくれない?」

何が分かったのかは、検討は付かない。でも明日ここに再び来れば 何か掴めるような気がする。

この居場所がそう言っている ただひたすらに心地が良い この居場所が

「分かったよ 明日の昼過ぎにここにくる。」

「よし 待っているよ都築葵。」


明日の昼に再びあそこに行く 羅稲との約束は守る


「ただいま」

「あらお帰り どうだったリフレッシュ出来た?」

「そうだね 普段騒がしい所に住んでるから この場所は静かで良いよ。」

「大阪って聞くからに騒がしそうだもんね。夕食まで時間があるから部屋で休んでいなさい。出来たら呼ぶから。」


祖母の家の和室を貸してもらっている 畳の匂いは泥のような匂いというのはよく聞くが 良い匂いと言うことに全く変わりはない。

祖母には羅稲の事は言わなかった。 言えなかったというのが正しいかもしれない、いやそうした方が良いような そんな気がした。

「ただいま」

お爺ちゃんが帰って来た。祖父は林業の仕事を続けている。

「葵 久しぶり 元気だったか?」

「あぁ うんなんとかね」

「ご飯が出来たわよ。」

ご飯を食べてお風呂に入り歯を磨いて

僕は早めに寝ることにした。 朝早起きで交通機関乗りついで帰って来たから、それなりに疲労がたまっている。



朝目が覚めると 祖母が朝食を用意してくれていた。

今日は昼頃までは時間があるのでテレビでも見ながらゆっくりする事にした。ここの地域しかやってない番組とかもあるから テレビを見るのも新鮮な気分だ。

時計は十二時半を示す。そろそろ行くか 約束の時間だ。


「散歩行ってくるよ」

「行ってらっしゃい 水筒は持って行きなさいね。」

「分かった。」


昨日と同じルートを辿り 夏の風に当てられながら、四万十川を目指す。

晴れているが雲が少し多いので、いくらか涼しく感じる。

昨日と同じ場所に彼女は座っていた。


「こんにちは。」

「こんにちは ちゃんと来たんだね。」

「聞きたかったんだけどさ何故、羅稲は僕を呼んだの?会って間もないようなものなのに。」

「葵は悩みを抱えている、せっかくリフレッシュしに来たんだ それを解決してあげないと 私のプライドに傷がつくでしょ。」

「そっか ありがとう。」

「ちょっとついて来て ここじゃないんだ。」

僕は言われるままに羅稲に着いて行った。川から少し離れた所に一本の木があった。

樹齢もそこそこで綺麗な木だった。


「これから葵に私の記憶を見せる。 今から起こることはちょっと現実離れしているかもしれないけど、まぁそこは不問にして欲しいかな。」

何が起ころうとしているんだろうか 良く分からないけど、少しワクワクした。

羅稲は右手で木にそっと触れる

「よし 葵 君も触れて」

僕はそっと木に触れた その瞬間僕達は全く知らない場所に立っていた。ここがどこなのかも いつなのかも 僕にはその一切が分からない。公園の様な場所だった

「何が起こったの ここは一体」

「落ち着いて これは私の記憶。 私は実は木の精の様な物でね 地中に根を張り日々をおおらかに過ごす全ての木と私はリンクしているんだ。一心同体というものさ。」

理解しがたい状況であるのは承知だが あまりにも衝撃過ぎる出来事故信じざるをえなかった。人間というものはあまりにも現実味を帯びていない事は信じてしまう物なのか。

「ここは いつ?」

「意外と冷静だね、状況理解が早い人は好きだよ。ここは過去。詳しい事は言えないの。ごめんね。」

「過去か ここで何かが起こるの?」

「今日この時間に一人の男性がここにやってくる。 私は君に自信を持って日々を送って欲しいの。だから、ここに連れてきたんだ。今日ここで体験する事を良く覚えておくんだよ。」

公園にただ一本佇む木 暖かい日差しを受け 静かに光合成をする

少しして 一人の男性がこちらに向かって歩いて来た。

その男の顔は暗く 息も忘れている様だった。

男は木にもたれかかって静かに座った。


「私はどうしたら良いんだ。」

聞こえるかどうかの声量だが 霞んだ声で男は言った。

「どうしたの?」

羅稲が話しかけている。羅稲の声は何故か彼に伝わる様だった。

「私は子供を失った。まだ若い 十八才だった。たった一人の息子だった。私より先に..。」

怒りと憎しみと悲しみに満ちた声で呟いた。

どうやら高齢者の自動車操縦ミスによる交通事故で息子さんは命を落とされたそうだ。夫婦で一所懸命、十八年間かけて育てた息子さんをたった一日の内に失った。

積み上げて来た塔が 突然崩れ落ちる様に 

目の前にあった思い出が突然消えて行ってしまうように。


「私には貴方の気持ちを十割理解する事は出来ない。

でもこれだけは言える。君の息子さんは貴方が悲しむ事を 望んではいないという事...。」

「羅稲 それはちょっと..」

絶望に打ちひしがれて 涙を流す人に 悲しむなというのは酷では無いかと思った。だって悲しいじゃ無いか。僕でも泣く。有象無象言わず涙が溢れるさ。

「葵」

羅稲の方を振り向くと一人の男性が立っていた。透けている 今の僕のように。

「父さん こんな所にいたんだね。ここは家から離れている公園なのに、僕が良くこの公園で木にもたれかかって休すんでいた事を まるで知っていたみたいじゃ無いか。」

優しく 暖かい口調で男性が話した。後半にかけて悲しげな声を含ませて。

「羅稲 まさかこの人は。」

「えぇ この男性が失ってしまった息子さん」

そんな事があるのか まぁ今の状況自体不思議だが、

亡くなった人が現世に残っているのか?天国に行くんじゃ無いのか?

「不思議だね 君は僕の事が見えるんだ。羅稲がそうしたんだね。 こんにちは僕の名前は春兎はると

羅稲の事を知っている様だった。この時代で羅稲は春兎に接触していたのか。

「驚いている と受け取れそうだね。僕が何故君という人間と話が出来るのか。理解が出来ないのは無理もない、それほど羅稲は不思議な存在なんだ。 僕だって最初木に話しかけられた時は それはそれは驚いたさ。」

「ごめんなさい 僕も少し追いつけていないんです。僕の名前は葵 都築葵です。」

自己紹介もせずに突っ立っていては何も始まらないし、何も変わらない。少なくとも羅稲は僕に何かを分かってもらえる様にここに呼んだんだ。

「敬語はいらないよ 落ち着いて。」

暖かい落ち着いた声 本当に亡くなってしまった人なのか疑ってしまう。

「仲良くなれたみたいで良かった。私はこの男性を見ているから 春兎は葵の悩みを聞いてあげてくれない?」

人生で初めての体験と言っても無理はない。

死者と対談をしようとしているんだ 僕は。状況が飲み込めないことなんて百も承知だ。

「あっちのベンチに行かない?ちょうど建物の日陰だ。」

「そうですね。」

僕と春兎は日影が出来ているベンチまで行って座った。

公園は静かだった。まるでここだけ時が止まっている様だった。

「葵には何か悩みがあるの?」

「最近自分と言う人間を見失っている気がするんです。もうどうして良いかも分からないし、

全てにおいてやる気が出ないし。普段の生活が楽しくないです。」

「色々大変なんだね君も。 自分がいなくなっても世界は成立する か..。 はっきり言うと僕もそう思っていた。僕一人居なくなって この世界の何が変わるのかって考えた時 何も思いつかなかった。」

「そうですか..。」

「でも それは間違いだったと気づいたのは、亡くなってからの事だったんだ。 僕が車で轢かれて病院で命を落とした時、僕の父さんはこれまで見た事ない勢いで病室まで走って来て 僕が亡くなった事を伝えられたんだ。 その時どうなったと思う?」

いきなり振られた質問だが重すぎるのが難点。

「泣き崩れたとか?」

「いや 違った。 表情を失った そんな表情をしていた。 口は開き目も開き、過呼吸の状態で崩れ落ち意識不明となったんだ。 僕はその姿を見ていて思った。

人の感情いうパラメーターには限界値があるんだと。

耐え切れないほどの負荷を負えば、父さんの様になってしまうんだと。意識を回復した父さんはずっとずっと泣いていた。 母さんもずっと泣いていた。 勿論それを見ていた僕も泣いていたさ。 全てをかけて僕を育ててくれた両親にこんな親不孝をしてしまった。

向こうのドライバーのミスと言っても僕が注意していたら防げたものでもあった、青信号だったからあまり注意せずに渡ってしまってね。あの時の感情は悲しいには収まりきらなかった。 なんとも言え無い感情。一生かけても絶対に 味わいたくない様な感情だ。落ち着いた今でもそうやって感じる。」

親不孝だなんて考えないで欲しいけど、あまりに事が大きい話だから言い出せなかった。

「ごめん 少し暗い話になってしまった。とにかく自分がいなくなっても良いなんて考えないで欲しい。

あの感情を僕は君に味わってほしくは無いな。

君には羅稲が見えたんだろう、それは君が自分を嫌いになりかけていたからだ。まぁ条件は時と場所にもよると思うけど。」

「春兎さんも羅稲が見えたって事は。」

「あぁそうだよ 自分が嫌いだった。もう死んでしまいたいくらいね。でも羅稲が僕を救ってくれた。君は僕よりはましな状況だろうけど、放って置いたら良い未来にはならない。羅稲はそう思ったんだろう。」

「やる事成すこと全てどうでも良く感じていた。人間関係も上手くいかないし、あらゆることで責められる。

確かに最近、良いことなんて無かった。辛かったし苦しかったし。もうどうでも良いとさえ思ってた。

でも僕がいなくなっても何も変わらないというのは間違い。 それは わかった。」

少し泣いてしまっているのを悟られない様に、下を向いて噛み砕いて話をする。

「僕は羅稲に救って貰ったのに、不意の事故でその恩を返せなかった。君はしっかり返すんだ。明るく前をむいて日々を噛み締めて生きれば良い。羅稲に、そして両親や周りの人たちに恩を返す方法としては、それが最善案だ。 人に何かを与える必要も無いし、誰かのヒーローになる必要も無い。君が生きている事実がある それだけで十分だ。」

僕の背中をさすっている春兎の手は熱く力強かった。

何故僕はこんな事で悩んでいたんだ。何故分からなかったんだ。春兎は続けて言った。

「人間ただ辛い事ばっかりと向き合っていくのは、ちょっと勿体無いと 僕はそう思っている。」

辛いことか..

「僕は貴方の意思を継ごうと思います。最初 僕が羅稲を見つけたものとばかり思っていた、けどそれは違いました。羅稲が僕を見つけてくれた。今度は僕が羅稲に恩を返さないと。今度の夏、羅稲をがっかりはさせない。僕は自信を持って生きていると証明します。」

涙が出ていることなんて気にせずに、僕は春兎の目を見て言った。精一杯の気持ちを込めて

「出来るさ。君なら出来る。  そういえば僕の好きな曲があってね ツバサっていう曲なんだ。いつも見てたアニメで知ったんだんだけど。その曲の歌詞に出てくる 『怖いものなど何も無いよ』ってセリフが好きなんだ。自信が付く感じがするだろ。葵君。」

「はい そうですね。」

次の瞬間 春兎の体が消え始めてしまった。

「おっといけない。実はかなり無理してここに残っていたんだ。もう僕は行かなければならない。皆がいう、あの世という場所にだろうね。」

恐らく現世に残れる時間を使い切ったのだろう。

最後に何か言っておく事は..うん

「貴方の事 いつも忘れない。」

春兎は驚いた様な表情をした後、飛び切りの笑顔でこう言った。

「すぐに会いにくるんじゃ無いぞ。葵。」

春兎の体は見ることも出来なくなった。

僕は重い腰を持ち上げて、羅稲の方に歩いて行く。ただ前を見て。公園の時間ががゆっくり動き出している様な気がする。

羅稲は男の頭をさすっていた。男は寝てしまっていた。

「羅稲 終わったよ。春兎は行ってしまったけど。」

「そっか でも答えは見つかったみたいだね。良かった。じゃ戻ろうか、君はここにいてはいけない存在だ。まるでアインシュタインを冒涜している。さぁ未来の夏に帰ろう。あと一つ葵に言っておく事がある。私はもう君には会えないんだ。」

衝撃は受けなかった、むしろ会えていた事自体不思議な事だったんだ、仕方ない。

「そっか 分かった。」

「それじゃ葵 木に触れて。」

新緑の影の上で彼女はそう言った。僕は木にそっと手を近づけて行く。

「羅稲 僕を見つけてくれてありがとう。」

僕は木に触れた。そっと優しく。


「君には期待しておこう。」


七月二十七日 十三時

僕は四万十川の河原近くの木の前にただ一人立っていた。そこには羅稲の姿は無い。

僕はそっと木に手を当てて考えた。

羅稲 春兎 ありがとう いくらか気持ちが楽になった。


蝉が鳴き、鳥は囀り 夏の気配が僕を包んでいる。

四万十川は驚くほど澄んでいる。木陰は涼しくて

サワサワという心地のいい音が聞こえる。

まだここでの休暇はあるし、何をしようかな。

宿題をするのは..辞めておくとして、とりあえず家に帰ろう 四万十の家に。


家に帰るとすぐにやっちゃんがやって来た。

「葵聞いてくれよ 昨日親戚の家での集まりがあってさ

その親戚の家にでっかいホワイトボードがあんの

でさ、そのホワイトボードのマーカー置き場に

イタズラで大量のマーカーを親戚の子と一緒に積んだの、 そんでおっちゃんに なんでこんなに

マーカーがあるんだー?って言ったんだよ。そしたらなんて言ったと思う?」

「うーん イタズラすんなーとか?」

「いやさ そのおっちゃん マーカー増えてて

摩訶まーか不思議って言ったの マジで笑えるだろ。」

ただの親父ギャグじゃねーかよ 完全に酔っ払ってんな。思わずプスっと笑い声を出してしまった。

おっちゃんとやらのギャグセンスは中々確かなものらしい。

「面白いだろ その人ほんと。」

「あぁ面白い」




夏は続く  四万十を帰っても続く。

部活を再開しても、暑い限り夏が続く。

秋も冬も春も夏も 人生であと何回経験出来るのだろうか。地球温暖化で夏がもっと伸びるのだろうか。

まぁ生きていかないと分からないや。

生きることの自信は持った、自分へのお土産だ。

迷うなら進んだ方が良い。辛いことばっかり考え無くても良い。壁があるならぶっ壊して直進してやろうじゃないか。見ててよ羅稲。庭にある木がザザッと音をたてて揺れていた。


ここは自然に包まれた場所 終

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