遠的と通し矢
「影沼……遠慮しておく」
「残念だったな、これは命令だ!」
命令か……痛いの嫌だけど、あとで治癒も出来るし、気が済むまでボコられて……いや、【ヤチホコ】である影沼の指示ということならアレを試してみてもいいかもな。
「オレの専門は「弓」なんだが勝負しないか?」
「ふん、オレは【ヤチホコ】だぞ。当然、弓も一流なんだが、弓なら勝てるとでも思ったか?」
「まぁ、お前くらいなら勝てそうかなぁ……と思って」
「ハァ!?この【ヤチホコ・ハヤト】様に向かって舐めた口きいてるなぁ、結城旭!」
よし、乗っかってきた。これで痛い目に遭わずに済むぞ!あとは……
「出来れば【スサノオ・ゲントク】様の前で勝負したいんだが、可能なのか?」
「テメェ……どこまでも無礼なヤツだなぁ!そんなことが許されるはずないだろうが!」
激昂した影沼の両腕に胸ぐらを掴まれる。殴られる覚悟で言った旭がグッと目を瞑ると……
「いいんじゃないかしら。その勝負受けても」
豪奢な着物に身を包み、壇上の高い位置から声がする。辺りが静まると、皆が彼女のほうを見つめている。
ここで登場か……
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「旭……お前は、「強弓」を引けるか?」
「強弓というと、30キロ以上ですか、玄徳先生」
「そうだ、「通し矢」をやってみろ」
「通し矢!?……ですが、僕に30キロ引ける筋力は無いです。筋トレしないと……」
「弓を引く筋力は、弓を引いてつけろ!無駄な筋肉などいらん」
「は……はい!」
一般的に弓の
通し矢……京都蓮華王院(
さらに、弓道における
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「旭……これほどの重さの弓を引くと、チカラの入れ方次第ではすぐに破損させてしまうことが多い。しかし、お前は何事もないように上手く引く……素晴らしい技術を身に付けたな。わたしはお前を、いずれ「
「はい!お爺さま……」
「孫の
「漆原紫苑です。結城さま」
「ど……どうも」
「どうだ。ちょうど同い年らしいじゃないか。旭……紫苑……将来を考えていく上で、お互いを意識してみないか?」
「まぁ、お爺さまったら!気が早いですわ、
「――?そ……そうだね」
「そうだ!わたくし、旭さまと同じ高校を受けてみようかしら」
「――え?でも、そんな理由で進路を?」
「そんな理由ではないですわ。将来を共に歩むかもしれない方と、同じ道を歩むのですよ」
「それはならんぞ、紫苑。自らのレベルを人に合わせるなぞ愚か者のすることだ。お前は常に高みを目指せ。そのほうが母親も喜ぶ」
「……はい、お爺さま……」
「旭よ、紫苑と仲良くしてやってくれ」
「よろしくお願いします、旭さま」
「えっと……はい。よろしくお願いします」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「し……紫苑さま。では、【スサノオ・ゲントク】様も見て頂けるのですか?」
「当然ですわ!わたくしのほうからお願いしてあげるから、それまでに準備しなさい」
「「はい!」」
キタ!こっちの紫苑は、かなり立場が上なんだな。玄徳先生にお願い出来るなんて、ずいぶんと可愛いがられているんだな……前の世界では、そんなこと出来るような雰囲気ではなかった。
むしろ、言いなりというか。命令は絶対だったもんな……
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的までの距離ざっと50メートルか……弓は……強弓
、充分だな。弦は……30キロ以上ある、けっこう重い。影沼はわざと俺に重い弦を持たせたようだ、ニヤけた顔が視界に入る。
ヨシ!「ゆがけ」もちゃんとあるんだな。
ゆがけ……弓の弦を引くときに使用する革製の手袋
【ヤヲヨロズ】は、もともと袴のような格好だから、身が引き締まる……ふぅ。
「ひ弱なお前に、それが引けるのか?」
挑発するような影沼の表情を見て、とりあえず無視をする。弓は自分との戦いだ……相手の挑発は無視することが、相手への挑発にもなる。
「ちぃ!緊張で声も出ねぇ〜のか?」
「……」
影沼の言葉では旭の心は乱れない。
模擬戦は一時中断。【スサノオ・ゲントク】が壇上で二人の勝負を見つめる。脇に立つ紫苑もまた薄ら笑みを浮かべているようだ。
新人のサルタ達も、ヤチホコ・ハヤトの射技が見れると、憧れを見るように固唾を呑む。
先攻……【ヤチホコ・ハヤト】の一射目。距離50メートルの「遠的」、的の大きさは通常100センチだが、「近的」用の36センチが使用されている。
どよめく観衆、先程までは静まり返っていたが、あまりにも的が小さいことで周囲からは「いくらなんでも無理だ」という声が飛び交う。
ヤチホコ・ハヤトから、ただならぬ闘気が発する!
周囲のざわつきすら掻き消すほどの殺気!そして迫力のある「斜面打起こし」……鋭い眼光が50メートル先の的を見据える!
「斜面打起こし」とは……弓を的の方向に斜めに構え、矢の先が少し下がった状態で少し押し開いて、額の高さまで打ち起こして、引き分けていく射形。
やや、上向きに矢を放つ!
ビシュッ!空気を切り裂く矢が、綺麗な放物線を描き的を目掛けていく!
タ〜ン!と的中の音が響く……
ドッと、沸き立つ観衆の声。スサノオ・ゲントクに一礼してドヤ顔でこちらへと歩み寄って来る。
「さすがね!」と紫苑の言葉にもヤチホコ・ハヤトへの信頼がうかがえる。紫苑からすると、サルタ風情がヤチホコに逆らうな、という警告だったのだろう。
そう考えると、この悪質な政治を行なっているのは……紫苑だな。こっちの玄徳先生の性格は知らないがさっきの演説を聞く限り、「増税」で民を苦しめているとは到底思えない。
だったら、なおさらこの勝負には大きな意味がある。こんな距離じゃ足りない……
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