結城旭の弓
無言でその場を離れる
「おいおい、逃げるのか?」
「影沼……この一射で終わらせる。俺が勝てば晴さんのことから完全に手を引け!」
「お前が負けたら?」
「クロズミ領から出ていくよ」
「よし!それでいこう!ククク、それでお前はどこに行く?」
「倍の距離を取る!」
「は?」
「ちょっと、倍ってどういうことよ!」紫苑の言葉に一礼すると、スサノオ・ゲントクへ深く頭を下げる。
旭は、自らの目を指差し、しっかり見ていてくれと言わんばかりにスサノオ・ゲントクと目を合わせた。
何秒なのか……睨み合う両者。無礼だと旭の肩を掴むヤチホコ・ハヤトのことは眼中にない。
今、旭が挑戦しているのは【スサノオ・ゲントク】に認められること。最初からヤチホコ・ハヤトは相手ではない。
距離を取ること約120メートル!
結城旭……
遥か遠くに見える小さな的……旭はしっかりと立ち位置を確認すると、手拭いで目隠しをした。
どっ!と沸き立つ観衆の声、ただでさえ120メートルという超長距離射撃。それを目隠しでやろうとしているのだ。
「「「バカだ」不可能だ」出来っこない」
飛び交う野次や怒号により、熱気を帯び始めた観衆。先程とは打って変わった雰囲気に紫苑やヤチホコ・ハヤトから笑みが溢れる。
【スサノオ・ゲントク】はただ、じっと旭を見つめる……
「旭〜いけぇ!」
「旭サマ〜、素敵〜!」
「旭さん、いえ、我が
「ウソでしょ……こんなの出来るわけない……あんな細い腕でどうやってあの弓を引くの?」
信頼しきっている三人とは対照的に、美月の呟きは旭への不信感だけだ。
望、朱里、悠さん……ありがとう。声のするほうに口もとだけで、そう告げる。
美月……そういえばお前には「通し矢」、見せたことなかったな……こっちの世界になっちゃったけど、しっかり見ていろよ!
影沼がやっていたように、斜面打起こしが戦場では有効だろう。所作が簡略化されているからな……だが、玄徳先生に見せるのは……【正面打起こし】!
【正面打起こし】とは……身体の前に弓をかまえて、両腕で円を描くように真上にあげる、左右に均等に引き分けていく射法。「斜面打起こし」と「正面打起こし」では基本的に流派の違いがある。
どちらが優れているというのは無い!どちらにもメリットとデメリットが存在する。「弓術」……いや、「弓道」における永遠のテーマだろう。
ふひゅ〜……呼吸を整える。
【
定められた8つの手順に沿って行う。射法八節は基本的なルールであり、弓道を始めるならまず最初に覚えなくてはならない手順。
「射法八節」は8つの動きを行うだけでなく、それぞれが一連の動きとして関連しなめらかに続いていくことが重要であるとされる。
一、『足踏み』[両足を外八文字に踏み開く]……観衆のザワつきに動じず、静かな空気を纏い射法に入る旭。
二、『胴造り』[
三、『弓構え』[
四、『打起こし』「弓を静かに持ち上げる」……その佇まいに観衆は息を呑む。
五、『引き分け』[弓を左右均等に引分ける]……弓を引く筋力は弓を引いて作る。30キロという強弓をたやすく引いていく旭。
六、『
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「旭!右肘を怪我したというのは本当か!」
「申し訳ございません、玄徳先生……俺……」
「阿木!旭の状態は!?」
「先生……旭くんならきっと、以前のように引けますよ。安心してください」
|
|
「旭!なんだその「射」は!そんなものでは「
「はい!」
|
|
「違う!
「すみません!」
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「旭……もうここには来るな」
「玄徳先生……」
「全国で優勝したのだろう?良かったではないか……もう充分であろう?」
「玄徳先生……俺にはもう「鎮西」は無理だと?」
「お前は阿木と並ぶ……いや超える逸材であると思っていた……がしかし……怪我の後遺症か?日本一にはなれるだろうが……【弓聖】にはなれぬ……あの【
「玄徳先生……」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
軽いな……本当にこれが30キロの強弓か?普通に引ける。右肘を怪我してからというもの、玄徳先生から破門のような形になってしまった俺は、阿木先生の射技を見るようになった……寒気がするほど美しい射技。ゆったりした佇まいに恐ろしさすら感じたほどだ。
雑音、雑念を取り払うため、暗闇のなかで的前に立ち弓を引き続けた……今、心と身体が一つになっている。【心技体】にたどり着いた。
「会」を保つ旭の姿に、観衆は言葉を失う……。
纏うものは闘気ではない……【無心】
キーン!っとは弦音とともに放たれた矢は、真っ直ぐに的へと向かう!
ターンッ!……響く的中の音。
七、『離れ』[静かに的に向き合う]……どっと沸き立つ観衆の中、喜びを表現することはない。
八、『残心』「一連の動きの集大成、ゆっくりと弓を倒していく」……スサノオ・ゲントクがいるであろう方向へと向き直り、目隠しを外し、一礼。
【正射必中】……正しく射られた矢は、必ず的に
凄まじい「射」を目の当たりにした望、朱里、悠の興奮は抑えられず、旭へと飛びついてくる。少し離れたところにいる美月の呆然とした表情に対し、旭は「見てくれたか」と心の中で呟いた。
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