決断の代償

「吾郎さん、咲子さん。晴さんは、幸せになれると思いますか?」


「「……」」


 俯く二人を見た旭は、覚悟を決めた。


「増税」がなんとかなれば、晴さんは、影沼家に行かなくていい……だとすれば、俺に出来ることは……


 『晴さん?もちろん、全力で守りたいと思っているよ。幸せになってもらいたいからね』……レイメイに言った言葉が、頭をよぎる。


 旭は、提案した。


 その内容は、二人には想像も出来ないものだったに違いない。二人の涙を見ながらも、レイメイの顔が脳裏に浮かぶ。


『レイメイ。一人暮らしになったら、一緒に住んでくれないかな?』……レイメイに言ったもう一つの言葉が、頭をよぎる。


 ごめん、レイメイ……とにかく今は、晴さんを助けたいと思ってる。


結城ゆうき〜!結城、あさひ〜!」 


 外が騒がしい。だが、聞き覚えのある声。あまり聞きたくない声だ……影沼隼人かげぬまはやと、晴が影沼家に行ってそんなに時間は経っていない。


 おそらく、晴に聞いたのだろう。俺がまだ、居候していること……それに逆上し、暁月家を訪れた……そんなところかな。


 旭が、玄関を出ると、暁月家の前で、馬にまたがる【ヤチホコ・ハヤト】と目が合う。


 ハヤトの鋭い目つきから視線を外し、横で俯くはるに、「おかえり」と告げた旭は、晴の手を取ると、自分のほうへ引き寄せた。


「「――!」」


「え?旭さん……」


「晴さん、俺は彼と話があるから家の中で待ってて」


「でも……わたしは……」


「大丈夫だよ。もう影沼家に嫁ぐ必要は無い」


「アァッ!?今、なんて言った!影沼家に嫁ぐ必要が無いって聞こえたんだがっ!?」


 声を荒げ、馬から降りて近付いてくるハヤトを、手で制した旭は、【ヤチホコ】であるハヤトに臆することなく、立ちはだかる。


「どうやら身分を分かっていないようだなぁ〜、結城旭。しかも影沼家に嫁ぐ女に、触れるとは覚悟出来てるんだろうなぁ!」


「もう、嫁ぐ必要が無いからね。晴さんは、お前のものでも何でもないんだ」


「なにぃ!おい、晴!貴様……なんてけがれた女だ!影沼家に嫁ぐ身でありながら、こんな男にこびを売っていたのかぁ!」


「ちっ違います!そのようなことは決して……」


 ハヤトにかけ寄る晴に、手を伸ばした旭は「晴さん待っ……」と言いかけた。


 最後まで言えなかったのは、バシンッと大きな音とともに、平手打された晴を抱きとめたからだ。


「晴さん!」

「だ、大丈夫です……」


「影沼ぁ〜!」

 抱きとめた晴の肩から手を離し、ハヤトの胸ぐらを掴みかかろうとする旭は、護衛の従者に押さえつけられる。


「結城旭……【ヤチホコ】の俺に、歯向かうとどうなるか、分かってないようだな」


 旭は、従者に両腕を掴まれたまま、立ち上がると、ゆっくり近付いてくるハヤトを睨む。


 ズンッと鈍い音とともに、腹部に突き刺さるこぶしに悶絶する旭。


「――ぐっ!」


「目立つを行動するなと言っておいたはずだが、この【ヤチホコ】の女をたぶらかすとはな、ボコボコにしてやるよ」


「やめてください、影沼様!旭さんは、この「クロズミ領の病」から人々を救った恩人なのです!」


 晴の声に反応するように、街の人々が集まってくる。見渡すと、ハヤトや従者を囲むほどだ。


「【ヤチホコ様】、旭さんは阿木先生のお連れですよ!」

「旭くんは、クロズミ領ではどうしようもなかった病から、俺たちを救ったんだ!」

 

「「そうだ!」」

 

「みんな……」

 

 街の人たちが声を揃えて言ってくれる……【ヤチホコ】という立場の者に意見をするなんて、恐ろしくて勇気のいることだろう。


 俺のために、こんなにもたくさんの人が……ありがとう。

 

「貴様ら〜!」

 激昂したハヤトに対し、拘束状態の旭は、街の人々の声により、冷静さを取り戻した。


「影沼……暁月あかつき家の「増税」の件だが、俺が軍に志願するから、晴さんの縁談の件は無かったことにしてもらう」


「――え?」


「なんだと!どうして暁月家の問題に貴様が関係ある!」


「俺が、暁月家の「養子」になったからだ。これで俺が軍に入れば、暁月家は「減税」対象になるはずだ。ということは、晴さんは、嫁ぐ必要が無い」


「そんな……旭さん……わたしのために……どうして」


「くっ……晴!俺との縁談を断るつもりか!」

 

 晴へと詰め寄るハヤト……


 俯き、受け入れようとしない晴……


「影沼……もうお前の婚約者でもなんでもないんだ、晴に近付かないでもらえるか」


「くそぉ〜!結城……アサヒ〜!」


 バキッと砕ける音がする!ハヤトの蹴りにより、旭の肋骨が折れたのだ!


 旭は、激しい衝撃により従者の腕からは解放されたが、ふき飛んで壁へと激突する!


「がはっ!……」


「旭さん!」

 

「「――なんてことを!」」辺りがざわつく。


 倒れた旭を抱きしめる晴……


【ミツハノシズク様】の申し子になんてことを、バチ当たりな……と街の人々からも、そう言う声が聞こえる。


「ハァ!?【ミツハノシズク様】の申し子だと!?そんなこと、あるはずがないだろう!バカバカしい!……これで終わったと思うなよ!結城旭……軍に入れば、もっとシゴいてやるから覚悟しておけ!」


退いたか……ふぅ……ふぅ、痛い……覚悟しておけって……もうめっちゃ痛いわ!でも……これで、晴さんは救えるはず。


 旭さん、旭さんと、泣き叫ぶ晴の頭に手をのせる。ふふ……二人でよく泣いたなぁ……「晴、もう大丈夫だよ」そう言うと、痛みにより意識が飛んだ。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「「ヨ〜シ!」」響く弓道場。的中の掛け声。


「あっちゃん、皆中かいちゅう!これで全国だぁ〜!」(皆中とは、弓道の世界で全射的中のこと)


「晴、お待たせ〜」

「ホントだよ!あっちゃん、みんなに囲まれて人気者〜。すんごい待たされたぁ」


「全国決まったからね。さすがに、みんな盛り上がってるよ!」

「あっちゃんのおかげだけどね〜」


「そんなことないよ。みんな調子良かったし」

「だって、あっちゃんこの大会、一射も外してないよ」

「まぁ……的前まとまえでは外さないかな……歩射かちゆみではどうか分かんないけど」

 

 的前……現代の弓道で一般的な射法

 歩射……その名の通り移動しながらの射法


「え?……やっぱり万全じゃないの?……肘は?」

 

「ふふ、晴、もう大丈夫だよ!」


「ホントに?」 

「ああ、歩射かちゆみでも外さないよ!」

「へへ、だよね。あっちゃんは天才だもん。あっ……もぉ、頭に手をのせないで、子供じゃないんだから!」


「あれ?晴……泣いてるの?」

「えぇ!……だって嬉しくて、去年のことがあったし、あっちゃんの晴れ舞台……天国のお父さんも喜んでるよ、きっと!」


「ふふ……吾郎さん。天国でルール覚えたかな?」

「ふふふ、天国でも横断幕作ってるよ!」


「まぁ、大会ならいいかも」

「じゃあ、帰って仏壇で伝えとく!……え?」


「……うん、よろしく」


「もぉ〜……あっちゃんまで泣いたら……わたし……我慢できないよぉ……」


「……ごめん」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢

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