目標と生きる理由

レイメイとは毎日のように会っている。


夕方の【薄明の刻】だ。朝はいろいろと忙しく、会える時間が無いのだ。


 あまり人がいないほうがいいと言うので、街外れの川で待ち合わせている。


俺はレイメイの素性を聞いたりは、しないようにしていた。


 聞くと、いなくなってしまうのではないかと恐れているからかもしれない。おそらく人外じんがいではあるだろう。


【薄明の刻】にしか会えないなんて普通じゃない。


 だから怖かった。もう会えないと言われるのが寂しい……そう思っていた。この俺の感情は何なのだろう。



「君、遅刻だよ」

 

「ごめん、最近知り合いが増えちゃって、なかなか、ここに辿り着けないんだ」


「ふ〜ん、ずいぶんと人気者になってる、みたいだけど、普通に生活出来ているのか?あまり目立ちたくないんだろう?」


「いちおう、【浄化】はバレてないよ。阿木先生は勘付いてるかもしれないけど……言ってこないから……気を遣ってるのかなぁ」


「まぁ、誰もそんな能力見たことないだろうしね。分からない……が一番じゃないかな」


「レイメイ。俺、いま、阿木先生のところで働いてるんだ。まだ暁月家で居候してるけど、落ち着いたら一人暮らしをしようと思う!」


「……そうなのか?……晴はどうする?」


「晴さん?もちろん、全力で守りたいと思っているよ。幸せになってもらいたいからね。この【ヤヲヨロズ】で生きる理由にもなってるし」


「……うん、それがいいと思う」


 視線が合わず、口角が少し上がり、何か納得したような表情、そんなレイメイを見て胸が少しザワついた……どうして、そんな顔をするんだろう……。


「あの……えっと……レイメイ。一人暮らしになったら、一緒に住んでくれないかな?【薄明の刻】だけだけど、そうしたら、朝も会えるし」


「その時……君が望めば、そうしよう」


「良かったぁ!死ぬまで一緒にいるって言ってくれたもんね!」


「ふっ、君はそんなに、私といたいのか?」


「うん、出来るだけ一緒にいたい……そう思ってる」


「どうして?」


「――分からない……ただ強く、そう思うんだ」


 また一つ目標が出来た。玄徳先生に会うこと、晴さんを全力で守ること、レイメイと一緒に住むこと。


 目標は多いほうがいい!これから【ヤヲヨロズ】で生きていくんだから。


 理由がないと生きていけない旭には、もともと、こうやって目標をつくる習慣がある。誰かに決めてもらってもいいのだ、だがこの【ヤヲヨロズ】では一人。


 いや、一人じゃない。なぜか、自分を理解してくれる人がいる。そして、その人が生きる理由になってくれる。


 『限りある命だ。大切に生きて欲しい』か。


 レイメイの大切な人ってどんな人だろう。




「旭さん、おかえりなさい。いつもの場所ですか?」


「ただいま、晴さん。今日もこのあと出るの?最近多いね」


「……はい、影沼かげぬま様のところへ、お呼びが、かかりまして」


「影沼か……やっぱり、アイツは晴さんのことが好きなの?」


「え?というか……あの……言ってませんでしたね」


「ん?何かあるの?」


「晴、影沼様のところに行く時間よ。旭さんには、私のほうから説明しておくから……」


「咲子さん……?」「うん、わかった。よろしくね」


 作り笑いをする「晴」のことは、見慣れていた。だから今、小走りでかけていく、晴さんのことが心配になる。彼女の表情が「晴」のそれと一緒だったから……。


「旭さん、こちらでお話ししましょう」

「じゃあ、吾郎さんも一緒に?」

「ええ、これは、暁月家の問題なのであの人に説明してもらいましょう」


 吾郎さんもすっかり良くなった。今では商売も再開している。暁月家は代々【スサノオから委託の問屋場といやば】らしい。


 主な業務内容は、【ヤチホコ】など高官のいくさ遠征手配。馬や武器を手配する仲介屋と言っていた。


 だが複数ある問屋場のなかの一つということで、特別裕福というわけではないようだ。吾郎さんの仕事を手伝いたいが、俺はすでに阿木先生の手伝いをしている。


「旭くん、お疲れさん。街もかなり活気づいたね、街中から感謝されててねぇ。私も鼻が高いよ」


「いいえ、いつまでも居候してて、すみません。すごい助かってます」


「何言ってんだい。命の恩人なんだ、ずっといてほしいくらいだよ。それに……【ミツハノシズク様】の申し子を、追い出したりするわけないぞ」


「ちょっ、吾郎さん、マジで違いますから、勘弁してください!」


「あなた、はるの話を……」


「そうだね……実は、晴には「影沼かげぬま家」に嫁いでもらうことになったんだよ」


「――え?……嫁ぐ?」


 嫁ぐって……結婚するってこと?晴さんが?……あの影沼と?ウソだろ……これじゃ、前の世界と変わらないじゃないか。晴さんが再々、呼び出されてたのはそういうことだったのか……吾郎さんの仕事関係でなく、影沼個人が、晴さんに興味があり呼び出していた?


 俺が口出すことでは、ないかもしれないが、晴さんの表情……決して、喜んでいるようには見えなかった。結婚……無理してるんじゃないか?影沼は、ちゃんと晴さんを幸せに出来るのか?


 もし、前の世界と同じなら……影沼が晴さんを幸せに出来るとは、到底思えない……。


「旭くん……晴と仲良くしてもらえてるから、驚いたと思う。晴もきっと……旭くんを……」


「何か理由がある。ということですか?」


「……「増税」は知っているだろうか?」


「はい、訊いています」


「私が不甲斐ないばかりに……病もかさなり、「増税」に対応出来ない暁月家に、影沼家が提案してきたんだ……晴を【ヤチホコ・ハヤト】様に嫁がせれば、「減税」を約束すると……お断りしようとしていたが、はるのほうから嫁ぎたいと……きっと、暁月あかつき家のことを考えたのだろう。晴には、本当に申し訳ないことを……」


「たしかに……晴さんなら、そう言うでしょうね。ですが、「減税」ならほかにも手段が……そうか、晴さんには無理ですね、暁月家として軍に志願するなんて……彼女は、優しすぎるから」


「娘だけの家庭では基本的に、女中奉公じょちゅうぼうこうか高官に嫁ぐしかないんだよ……私が「増税」に対応出来ていれば……」


 女中奉公……たしか、住み込みで働く女中のことだよな。しかし、これだけ街が大変な時に「増税」を決行するなんて、【スサノオ・ゲントク】は圧政的な思想なのか?


 玄徳先生は、「弓」に生きる人だった……むしろ、「弓」にしか興味がないというほどの……だが、こちらでは「増税」で人々を苦しめている。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「……お前……名前は?」

「アサヒ……、結城旭ゆうきあさひです」


「歳は?」

「13歳です」


「明日から、この弓を使え」

「これって……竹?ですか」


「そうだ。それと、ここへ来たら、必ず私に声をかけろ。直接指導してやる」

「え!……でもお金が……」


「いらん、特待とくたいで指導してやる」

「はっ、はい!」


「その代わり、「射法・射義」は家で毎日やっておけ!見本は……そうだな、阿木!見せてやれ」


「旭……よく見るんだ」

「はい!」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢

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