水の皇

「旭くん、君は医学に詳しいのですか?」


「いえ、まったくです」


「そうですか……では、この病を経験したことがあるのですね。」


「いえ……ですが、似たような病は経験してます。僕が住んでいた土地では、人口の約7割以上が感染しましたので、この「クロズミ領」の病でも、同じ対処法が有効かと思いました」


「そうだったのですね。では、僕の名前はどこで?」


 阿木先生……本当のこと言っても信じてもらえるかどうか。いや、むしろ先生くらいかな、信じてくれそうなのは……う〜ん、どうしようか。


「阿木先生、実は僕……いや俺は、阿木先生の「射技」が好きなんです」


 阿木先生の立ち振る舞いから察するに、こっちでも「弓術」を極めているに違いない。


 だとすれば、間違いなく、その道の有名人だ。よって、先生のファンだと名乗れば、名前を知っていても不思議じゃないはず。


「……旭くん……君は、もしかして只者ではないのかな?」

 

 殺気?……あれ?どうして、そうなってしまうのかな……


「僕が、ただの街の医者でなく、【弓を引いている】人間だと……どこでその情報を?」


 この【薄明の刻】、薄明かりに静かな殺気をまとう阿木に対し……息を呑む旭は、自分のいた世界との違いを感じる。


 阿木先生は、俺を見定めているんだ……俺が敵なのかどうかを……最悪、命のやり取りにもなりかねない。


 そうだった……いくら阿木先生といっても、ここは【ヤヲヨロズ】。


 すごく優しい兄弟子だったが、腕は超一流。むしろ、こういう人のほうがこっちの世界では怖いんじゃないか?

 

 なぜなら、殺される可能性もあるからだ。阿木先生に狙われて、生きていく自信は、はっきりいって……ない。


「阿木先生!俺は、あなたと敵対するつもりなんてありませんよ。むしろ誰とも争いたくありません」


「……そうですね。たしかに旭くんは、人を殺したことはないようです」


「――!阿木先生はあるんですか!?」


「――?不思議なことを言いますね。僕の腕を知っていて、そんなことを言うなんて」


「つまり、この【ヤヲヨロズ】では人殺しは当たり前だと?」


「ふぅ……どうやら、旭くんはいろいろとワケありのようですね」


 阿木から殺気のようなものは消えた。


「出来れば話したいですが、なかなか信じてもらえるような内容ではないんです。阿木先生は医者ですよね!俺を雇ってもらえませんか?」


「――!旭くんを?……なるほど、行動で示すのですね。……分かりました。この「クロズミ領の病」、解決するまで協力をお願いします」


「――!ありがとうございます!」


「しかし、妙な行動を取れば……分かりますね」


 前の世界の阿木とは、明らかに違った凄みに、息を呑みつつ頷いた旭は、隔離された病人達のもとへ向かった。


 たどり着いたのは、街の集会場。旭は、入り口にいた5人の男たちに軽く頭を下げた。


 この人達が協力してくれたんだな……もしかしたら、菌が潜伏しているかもな。う〜ん、まとめて【浄化】する必要がある。

 

「阿木先生、大変なんだ!病状が悪化している者達が増えて、もうこの集会場もいっぱいだ!――?その連れの子供は誰ですか?」


「彼は、僕の助手です。この病の対処も彼の案ですよ」


「……そんな、どこの者かもわからない子供を信用するんですか?今だって、集会場は地獄ですよ!病人を所狭しと集めて、見殺しにするつもりなんじゃ……」


「コイツに騙されてるんだ!」

「他の領地から送り込まれた刺客だ!」

「捕まえて白状させろ!」

 

 暴言を吐き、阿木に詰め寄る5人の男たち。旭は、なだめようとする阿木をかわした男の一人に、思いっきり殴られた。


 ――いっ!痛ぁ……旭は地面に倒れ込む。まずい……痛いけど、早くしないと日が昇る。時間が無い!


「ちょっと、のぞむくん!なんてことを」


 慌てた様子の阿木に抱き起こされる旭は、大丈夫ですと言い、自ら立ち上がる。


「こんなヒョロいヤツ、信用出来ない!俺の両親はコイツに殺されるんだ!」


「君のご両親もこの集会場に?だったら急がないと……」


 旭は、そう言うと、集会場に入ろうとする。しかし、望の後ろからの羽交締めで入らせてもらえない。


 望の体格は旭の2倍はあろうかというほど、がっちりしていて、旭の抵抗ではびくともしない。


「――離せ!ご両親を助けたいんだろ?」

「信用できない!」


「望くん、離してあげてもらえませんか?」


 阿木の説得にも応じない様子だ。他、4名も望を止める気はないように見えたので、旭は決意する。


 もう時間も無い……やるしかないか。


【マジックアワー】……「水のおう」。


 羽交締めにされている旭は、背中にいる望に構わず、両手に「水の皇・市」を発動!


 水流をまとう旭は、羽交締めにしていた望を、はぎ取った!


 旭のチカラでは、なす術もない状態だったが水のチカラは凄まじく、いとも簡単にそれを可能にした。


「すみません。時間が無いので強引にいかせてもらいます」


 旭は、そう言うと、阿木を一瞥いちべつした。頷く阿木を確認し、「ここはお願いします」と言うと、一人で集会場に入って行った。


「ミ……ミ……【ミツハノシズ様】!?……」


「ご……【五皇様】……?」


「我々は、そんなお方にとんでもないことを……」


「望!呆然としてないで、あのお方に謝りに行くんだ!」


「あ……あ……オレ……大変なことを……」


「みなさん、大丈夫ですよ。彼が戻って来るまでここで待ちましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る