輝く奇跡の【マジックアワー】

 目を閉じて集中する旭は、身体がうっすらと光を纏っている。それは波紋のように、旭を中心に広がっていく。


 半径5メートルほどの光の円に、無数に浮かぶシャボン玉、キラキラと炭酸の泡のように上へ上へと登っていく。


「君は……とんでもないね。【マジックアワー】のなかでも、いきなり最上位である【浄化】を使うとはね。君がどういう生き方を選ぶかは、君次第だけど。もし、静かに生きたいのであれば、人前ではあまりチカラは見せないことだ。崇められちゃうよ」


 静かに目を開けて、井戸を確認する。


 先程までの臭いは無いように感じ、上手くいったと確信した旭は、満面の笑みでレイメイを見る。


「どう!?」

「やるじゃないか」

「レイメイ!俺、上手くやったよね!」


「ああ、だが、一時的だろうな。汚染はクロズミ領全体に広がっている。この井戸は、定期的に【浄化】をしておくといいかもな」


「さっき、レイメイが言ってたけど、【浄化】はとくに見せないほうがいいの?」


「そうだな、私は君以外に【浄化】を使える人間を見たことがない……となると、それは君が「どう生きるか」による」


「そっか……崇められるって、そういうことか……」


「だが、とりあえず、この家は浄化されたんだ。安静にしていれば、きっとここの主人は助かるだろう」


「でも街の人は?助けないと、俺が見殺しにすることになるんだよね?」


「君の責任ではないよ。そもそも産業排水や生活排水が原因なのだ。自分達のことは自分達で解決するべき……だろう?」


「レイメイは、どうするべきだと?」


「……私なら他人に手を差し伸べない。チカラを持っていたとしても」


「じゃあ、どうして、俺を助けてくれるの?」


「――!それは……君には関係のないことだ」


「嘘だね、レイメイならきっとみんなを助ける!」


「はぁ?それはない!クロズミ領を助ける義理など一つも無い!」


「ということは、俺に義理があるということか?」


「君ねぇ!私をバカにすると二度と助けないよ!」

 

「え!?バカになんてしてないよ!むしろレイメイのおかげで、なんとか生きる希望が出来てきたのに……まだまだ一緒にいてくれるよね?」


「ふん、君が望むなら、死ぬまで一緒にいてやろうか?でも困るだろう?私のような女と一緒にいるところなんて見られたら」


「本当!?死ぬまで一緒にいてくれるの?」


「なっ何を、喜んでいる!私とずっと一緒だと、あの者に誤解されるぞ!」


「――誤解?晴さんに?いやいや、会ったばかりだよ!誤解されようがない」


「だが、君には思い入れがあるだろう?」


「……レイメイ、よく知ってるね。たしかにそうだけど、別人だよ。だって「晴」は死んだんだ。晴さんには全力で幸せになってもらいたいけど、俺がそうするのは違うだろ?晴さんには、ここでの歴史がある。それは大切にして欲しいと思ってるんだ。だって俺も自分の歴史が大切だから」


「……そうか……だったらなおさらだな。「限りある命、大切にして欲しい」ということだ」

 

「――!そうでした……肝に銘じます。レイメイの大切な人からの言葉。だったよね」


「ふっ、いい表情だ。前向きになっている」


「それもこれも、レイメイのおかげだよ!この【マジックアワー】だって、知らなきゃ、どうしようもなかったんだから」


 旭は、両手の平を上に向けた。


 先程、飛散してしまった「水の塊」を、レイメイにちゃんと見せたい。両手いっぱいに、透き通るような水が、バスケットボールくらいの大きさで現れる。


「どう?レイメイ!」


 ガシャンッと、後ろで物音がした。旭は、後ろを振り向くと、驚いた様子の咲子と目が合った。


「旭さんは、【五皇ごこう様】だったのですか!?」


「さっ咲子さん……ん?【五皇様】?それはどういう……レイメ……あれ?いない」


「ああ、なんてことでしょう!はるが連れて来られたのが、まさか、【五皇様】なんて……ああ、どうしましょう」


「落ち着いてください!咲子さん。とりあえず清潔な桶などはありますか?出来るだけたくさん必要です。僕が水を作りますので、この水を吾郎さんに飲ませてあげてください」


「はっはい!」


 レイメイ?……またいなくなっちゃった。俺以外とは、会えない理由でもあるのかな。咲子さんが、こっちに来たことに気付いた時には、すでにいないし……。


 ぶつぶつと、独り言のように文句を言う旭は、用意された桶へと水を満たしていく。井戸も【浄化】はしているが、すぐにでも綺麗な水を準備しておきたかった、という理由がある。


 残された時間はわずかだ。今のうちに、もう一つだけ確認しておきたいことがあった。【浄化】は人体にも効果があるのか、ということ。


 もしあるのなら、この街を丸ごと救うことも可能だ!【薄明の刻】はまもなく終わる。


 【マジックアワー】も朝まで使えない……吾郎さんに【浄化】を……だが、いいのか、咲子さんの様子だと、「水の能力」であの反応だ……【浄化】を見せたらどうなるんだ、なんだか【五皇様】なんて言われてたし……いや、そんなことを気にしている場合じゃない!


 吾郎さんの命に関わることだ!旭は、目の前に並べられたすべての桶を水いっぱいにし、吾郎の部屋へと踏み出した。視界がグワンと歪み、膝をつく。


 ――!これは……そりゃそうだ……【マジックアワー】は、いわゆる魔法!マジックポイントなるものがあるだろう。


 こんな能力、無限に使えたらバランス崩壊すること間違いない。まぁ、この世界にパワーバランスがどう存在するか分からないけど、初心者の俺にとっては、あきらかにオーバーワーク。


 覚えたての能力に興奮し、張り切って使い過ぎた……【浄化】をレイメイに褒められて、調子に乗るなんてカッコ悪っ……急にいなくなっちゃったけど、逆に見られてなくて、良かった……のか……あれ……意識が……


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「あっちゃん、わたし部活辞めたから、帰りは一人で帰るね」

「そっか……晴って吹奏楽だったよね。というとバイト始めたとか?」


「ううん、家の事とかしないとね!」


「そうだよね……もう大丈夫か、少しは落ち着いた?」


「うん、ありがとうね。でもあっちゃんの応援は絶対行くから安心して」

「……悪いな……なかなか、そばにいてあげれなくて、必ず優勝するから」


「必ず優勝って、あっちゃん強気〜!」


「吾郎さんも期待してくれてたし……といっても、ルールは、よく分かってなかったけどね」

「ぷっ、そうそう、見に来てくれるのはいいけど、そっちが気になって、集中出来ないんだよね」


「だけど、絶対負けないよ!今回はとくにね」


「……うん。練習頑張って!」


「ありがとう」


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「あっちゃん!あっちゃん!あぁ……あっちゃんの腕が……あぁ……どうして、こんなひどいことを!わたしのせい?影沼くん!あっちゃんは、弓道部なんだよ!大会があるんだよ!」

 

「――!くっ、晴……落ち着いて聞いて、大丈夫だから。これは、あくまで事故なんだ、サッカーは、つい熱くなっちゃうから、影沼とたまたま接触しただけなんだよ。晴のことは関係ない。だよな、影沼!」


「そうそう、すまんなぁ、結城〜。クラスマッチって、つい本気になっちゃうんだよなぁ〜」


「……そういうことだ、晴。俺は、とりあえず早退する。かかりつけ医の【阿木あき先生】に、肘の状態を診てもらうから、また連絡してくれない?」


「一緒に……」


「ううん、大丈夫。ねっ?」


「……うん」


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「あれ?晴、待っててくれたの」


「あっちゃん!……肘は……どうだったの?大会出れそう?」


「あぁ、今回は厳しそうだから、また来年頑張るよ!大丈夫、大丈夫!リハビリすれば大丈夫だって【阿木先生】言ってたから!じゃあ帰ろっか」


「……あっちゃん……ごめん……ごめんなさい」


「はぁ?なんで晴が謝るの?全然関係ないから。いや〜、男同士ってこういうこと、けっこうあるんだよ!とくにクラスマッチってさぁ、こうプライドをかけてというか、なんというか……」


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「【阿木先生】……あっちゃんの……結城旭ゆうきあさひの肘の件なんですが……」


「君は……たしか、旭くんが怪我したときに、院内で待っていた……」


「はい、暁月晴あかつきはるといいます。肘は本当に大丈夫なんでしょうか……」


「う〜ん、本人以外には、あまり言えないんだよね」


「お願いします!あっちゃんの腕をもとに……以前のように、弓が引けるように……できませんか?」


「……本人は、なんて言ってるの?」

「心配しなくても、来年優勝するって……」


「ふぅ……優勝はきっと出来るでしょう。しかし、あまり期待はしないほうがいい。僕も【弓術】を教えているが、旭くんは特別な子だ。あれだけの才能は近年稀にみる」


「本当ですか!じゃあ!」


「ただ……以前のように……はいかないかもしれません」


「――!そんな……」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢

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