君は特別なんだ

佇まい、歩き方……変わらないな。


 奥から出てきた男に目を奪われる旭は、ズキリと心が痛む。


 亡くなる直前の吾郎さんだ。晴さんから体調が悪いとは聞いていたけど、かなり痩せてる……。


「初めまして、私は、父の暁月あかつき吾郎ごろう。長旅で疲れたでしょう、上がりなさい」


 旭は、簡単に挨拶を済ませると、居間に通された。


 出された水には手をつけず、目の前の二人と向かい合う。少し咳き込む吾郎を心配そうに見つめつつ、隣の咲子の様子もうかがう。


 咲子さんは大丈夫そうだ。体調が悪いのは吾郎さんだけなのか……。


「旭さん。わたし、少し出てきますので、ゆっくりしていってください」


「うん、ありがとう。気をつけてね」

「はっはい!あの……わたしが帰るまでに、いなくなったり、しないでくださいね」


「うん、そう言ってくれるとありがたい」


 そうか、そういえば、晴さんは影沼に呼び出されていたな。俺のせいだったら申し訳ない。


 しかし、アイツ、この世界でも嫌がらせしてるんじゃないだろうな……。旭は、出て行く晴に手を振ると、振り返る彼女に優しく笑顔で返した。


「結城さん、晴とすっかり仲がいいのね。まだ出会ったばかりでしょう?」

 

 まぁ、長い付き合いだからね。幼い頃から一緒にいたから、潜在的に相手のことが分かるし、空気感でなんとなく感じ取れる。吾郎さんと、咲子さんにしてもそうだ。


 家族のように接してきたから、もうすでに気持ちが落ち着く。相手のことが、性格が分かった上で接するのって、案外ラクなんだな。


 ああ言えばこう言う、解答の分かるテストのように、答える。このまま出会う人間が、ほとんど知り合いだとしたら……もうこれは、異世界チート能力に近いんじゃないか。


「僕は運が良かったようです。この領地で、従者とはぐれてしまって、初めて出会ったのが、はるさんであり、吾郎さんと咲子さんという親切なお二人にも出会えた。ありがとうございます」


「いえ、晴がすごく旭さんのことを、嬉しそうに話すから珍しいと思いまして」

 

 晴さんは、二人になんて説明したんだ……

 

「そうですか、僕も晴さんとは、初めて会ったようには思えないので、それを聞くと、とても嬉しいです」

 

「ゴホッ……結城くん、せっかく来られたのに、何も出せなくてすまんね。今、街中で病が流行してて、食物が不足してるんだよ。税を払うのでいっぱい、いっぱいで出せる物がないんだ」


「いえ、おかまいなく……吾郎さんも体調が悪そうですね。症状はどうですか?」


「ゴホッ……私は、まだ軽いほうだよ。だが、嘔吐や下痢も続いてる」


 旭は、目の前の出された水に違和感を感じる。この水……臭うな……汚染されてるんじゃないか?水質汚染……咳……嘔吐……下痢……コロナでも、インフルでもない。


 まさか、【コレラ】か!?聞いたことがある。水の汚染によりコレラ菌が繁殖し、大昔に多数の死者を出したという伝染病……。


 だとしたら、呼気や排泄物からも感染するかもしれない!


「咲子さん!この水はどこから!?それと部屋の換気をして、吾郎さんを寝室で隔離!咲子さんは清潔な布で口を覆ってください!」


「「――え?」」


 旭の迫力は、咲子を動かした。これが伝染病であること、呼気や排泄物で感染うつること、水が原因であること、的確な指示と素早い判断に、言われるがままやってくれている。


 相変わらず咲子さんは、素直だ。


咲子さんが動いてくれたら吾郎さんは従ってくれるだろう。今日初めて会った俺を信用するところが、また咲子さんらしいな……信用させるために、まくし立てるように言ってしまったが、これはきっちり対策してもらわないと、大変なことになる。


 吾郎さんを救うためには、しっかり栄養を取らせることと、綺麗な水が必要になる……俺は医者じゃないから薬のことは分からない、隔離して安静にしてもらうしかない。


 だが、綺麗な水……この井戸はもう汚染されているだろう。旭は、咲子が指示通り動いている間に、井戸の様子を見にきた。中の様子は分からないが、臭いがする……これが街中だとすると……考えるだけでも恐ろしいほどのパンデミックが起きているはずだ。


 よその家から分けてもらっても、そこが汚染されていたら、意味がない……あれだな、あれしかない、【マジックアワー】……レイメイは透き通るほど綺麗な水をだしていた!


 つまり俺にも、同じことが出来るはず……


空を見上げる。広い空だ……ここに比べて、都会に住んでいた俺からすると、ほとんどが空のようにも感じる……ああ、なんか今なら出来る気がする。


 【薄明の刻】……薄暗く青い空が辺りを包み込む。


 両手の手のひらを胸の前に突き出し、イメージする。


 レイメイから、【マジックアワー】について教えてもらう時間は無かったが、おそらく、こういうことなのだろうと、予想する。イメージする。


 旭の手のひらに「水の塊」が現れた。まるで大気中から集まるようにして、それは形を成す。


「素晴らしい!君はやっぱり凄いね」


「レイメイ!」


バシャッと水が地面に落ちる。突然の声かけに集中が切れたのか、「水の塊」は飛散してしまった。


「ごめんごめん、驚かせちゃったね」


「どこに行ってたんですか?【マジックアワー】の説明を聞いてなかったのに」


「使えてるじゃないか。分かるんだろう?感覚で」

 

「う〜ん、まぁたしかに。でも何が出来るかとか、分かんないし、他にもどんな【マジックアワー】があるとか、【ヤヲヨロズ】のルールとか、【レイメイさん】のこととか……」


「私の?……君に興味を持ってもらえるなんて光栄だね。ちなみに私は、神さまとかでは無いよ。【マジックアワー】も「水の能力」だけだ」


 神さまじゃないのか。こんなに綺麗で、雰囲気あるから「神のたぐい」だと思っていたけど……。


「……水だけか」


「でも、君は違う。特別なんだよ」


「――どういうこと?」


「言っただろう!【薄明の刻】、君は神にも等しいチカラを持つと」


「うっ!心くすぐられるワードを……じゃあ、したいことが出来る、で認識あってる?」


「私には出来ないから、なんとも」


「よし、レイメイさんがいてくれるなら百人力だ!やってみるよ!……いや、やってみます」


「……別に喋り方は、気にしなくていい。君のチカラを見せてくれる?」


 旭は頷くと、井戸の側に立つ。

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