混在する記憶と思い

「ん?どうかしました?」


「あ……いや……ごめん、ちょっと見過ぎだよね。晴さんが知り合いにすごく似てるから、気になってしまって」


「へぇ〜、そうなんですね。その方のお名前は?」

「晴……暁月あかつきはる


「――え?」


 旭が、そう答えた時、晴の表情から焦りのようなものを感じる。だがそれは、旭の言葉を聞いて、そういう態度をとったのではないと、すぐに分かった。


 聞き慣れた音。3頭か……馬の足音が近付いてくる。晴の視線の先に目をやる旭は、それらを見て驚愕した。


「晴……なんだその男は?」


 従者を連れ、馬にまたがったまま、声をかけてくる男を見上げる旭は、震える。


 恐ろしいのではない。怒りが込み上げてくるのだ。だがそれは良くない、落ち着け、コイツはアイツじゃない。晴さんが晴でないように、きっと他人なのだから……。


「えっと……こちらの方は……道に迷われたようで、クロズミ領まで、ご案内をしていたのです」


「道に迷った?……珍しい服装をしているようだが、敵領からの間者かんじゃとかでは、ないだろうな」


「いえ、長い旅で従者とも、はぐれてしまって、途方に暮れていたところです。出来ればクロズミ領で人探しをさせていただこうと、思いまして。私は結城ゆうきあさひといいます」


「……たしかに、肌ツヤからして戦場にいるようには見えんな。俺はクロズミ領の【ヤチホコ】……【影沼かげぬま隼人はやと】だ。結城とやら、クロズミ領であまり目立ったことは、しないことだ」


「……はい、ありがとうございます」


 旭は、軽く頭を下げ「では、引き続きよろしくお願いします」と、晴のほうに向き直った。


「晴、着いたら屋敷まで来い」

「はっはい、承知しました」


 影沼の去り際に少し視線を感じたが、目を合わせないようにした旭は、無理に口角をあげた自分に、嫌気がさす。


 晴が困るようなことはしない……か。どうやら、いよいよ、異世界じゃないと思えてくる。


 晴さんの態度からして、彼女は影沼に対して恐怖を覚えているようだった。せめて、こちらの晴さんだけでも幸せになって欲しい。


 生きていく理由は……あるのかもしれない。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「ありがとう……あっちゃん……来てくれて」


「この度は、ご愁傷様でした。晴、咲子さきこさんもこの度は本当に……残念です」


「あっちゃん……うう……」


「旭くん、ありがとうね。吾郎さんも喜んでるわ。あの人、旭くんのことは息子のように思ってたから……もちろん、私もよ」


「僕もお二人を本当の両親のように思っています。だから……吾郎さんが亡くなって……う……お二人のほうが辛いのに……それなのに、僕……泣いてもいいですか?」


「……あっちゃん」


「旭くん、我慢しなくていいのよ。そんなに思ってくれてるなんて、吾郎さん、天国で泣いてるわよ」


「……はい……あぁ……あぁぁ」

「うううっ……あっちゃ〜ん!」

「よしよし、二人とも本当に、まだまだ子供ね」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 クロズミ領。空が広く見える、まさに宿場町。この広大な領地の奥に見える城。あそこに【スサノオ】である、黒住くろずみ玄徳げんとくがいるんだろう。


 玄徳先生……晴さんと影沼の雰囲気を見る限り、まず間違いなく、あの玄徳先生と性格も近いだろう。

 だとすれば、この領地を生きていくなら……あの城に辿り着くことが、とりあえずの目標になりそうだ。


 江戸時代の雰囲気を思わせる街並み。実際はどこまでが近いのか……俺も教科書やネットの情報でしか知らない。ただ晴さんの格好は大正浪漫のような風貌だ、完全に時代が入り乱れているようにも感じる。


 いや……それは俺の主観でしかない。そもそも、時代を比べることがおかしい。


 なぜなら、ここは異世界なんだから。


はるに連れられるように、少し後ろを歩くあさひは、観光に来た旅行者のようにキョロキョロしたりはしない。


 ただでさえ目立つ格好をしてる自覚はある。


 あきらかに浮いてるんだよなぁ。早急に服を変えないと、目立って、あの影沼に目をつけられるかもしれない。玄徳先生に会うまでは、極力おとなしくしとかないとな。


「旭さん、とりあえず、ここがわたしの家です。あまり、おもてなしは出来ないですが……」


「いえ、とんでもない。少しだけ上がらせてもらいますね」


 晴さんの家。他の家とそんなに変わらないだな、晴さんは、少し家柄がいいように見えたが、平均的な家庭ということか。


「あっ!わたし、両親に旭さんのこと、説明してきますので、こちらで少しお待ちください」 


「――!あ……うん」


 ドクンッと、旭の心臓が鳴る。両親……そうだった。まったく考えていないわけではなかった。ただ、やはり可能性はあると思った。


 奥のほうで、話し声が聞こえる。懐かしい声だ……ふぅ、自分を中心に考えてしまう。この世界はすべて、自分自身のためにあるんじゃないかって思ってしまう。

 

 冷静に対応出来るかな?晴さんの時は、何がなんだかわからない状況だったし、こうやって覚悟して会うとなると、やっぱり緊張する。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「旭!神事しんじの件、受けたんだってな。咲子と晴、連れて見にいくぞ!」


「――!吾郎さん、恥ずかしいから、当日声かけないでね」

「なに!?恥ずかしいとは何だ!横断幕も作ってるんだぞ!」


「横断幕!?それだけは絶対やめたほうがいい。吾郎さん、神事なんだよ。神聖な儀式に横断幕はマズイって。声援もダメだからね!」


「そっ……そうか?せっかく、旭の晴れ舞台なのに」


「玄徳先生に怒られるよ」


「――!それは怖いな。だが、旭!」


「何?」


「頑張れよ」


「……一射いっしゃだけだよ」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 吾郎さん……吾郎さんではないのだろうけど、また会えるなんて、嬉しいな。


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