【ヤヲヨロズ】...二人目に会ったのは

あさひは辺りを見渡す。


 先程まで会話をしていたはずのレイメイがいない。


 焦る旭は、レイメイの名を叫びながら彼女を探すが、もうこの場にはいないようだ。


 やってしまった……俺が考え込んでる間に、レイメイさんが、消えちゃったじゃないか。彼女も消える前に「ちょっと消えるよ」くらい言ってくれたらいいのに。


 いやいや、これは自分のせいだな、人のせいにするなんてとんでもない。日が昇り、何を黄昏れていたのか、彼女の様子を見ていなかった。


 もしかしたら、何か言ってくれていたのかもしれない。ついつい、こうやって考え込むと人の話を聞いていないことが多い。俺の悪いクセだ。


 レイメイさんは、生きるためにサポートしてくれると言ってたから、きっとまた会えるだろう。


 ずっと側にいてくれると思ってたけど。


 こんなことなら、聞くべきことを聞いておけばよかった。


 街の方角とか、【ヤヲヨロズ】の常識とか、【マジックアワー】の使い方とか……


とりあえず今は、人を探してみるしかない。


 人を探すなら、最初は女性か子供だな。出来れば一人の時を狙って……って強盗のような考え方になってるが、この「ヤヲヨロズ」って国は危険だって言ってたしね。


 見る限り誰も住んでなさそうなこの街を出て、旭は歩きだす。


 迷ったら北へ行けと誰かが言ってたような気がする。朝方だから、怖い人とは遭遇しないのではないかと思うのは、俺だけだろうか。


 人間の心情的に、朝早くから人を襲うとは考えにくい。犯罪者の多くは、心拍数が低い人が多いと聞いたことがある。


 心拍数が低い、すなわち低血圧。朝が苦手。という構図が完成する。なんて、勝手に関連付けて安心したいだけの俺なんだが。


 しばらく歩くと人影が見えた。遠目からでも女性だと分かる。旭は女性を尾けるように、一定の距離を保つ。


 明らかに警戒されてるのが分かる。少し足早になった女性を追うあさひは、思い切って距離を詰めることにした。


 10メートル……5メートル……競歩のように距離を詰める……3メートル……駆け足……なに!?距離が縮まらない?逃げている……そりゃそうだ、後ろから追いかけられて、逃げない者などいない!


 追われれば、逃げる。当然のことだ。


 ダッシュ!……くっ早い!4メートル?離されてるだと!?いや、現役高校生のスタミナと脚力を舐めるなぁ〜!


「キャッ!」

 先を走る女性がコケてしまった。


 申し訳ないことをした……つい熱くなり、追い抜こうとしてしまった。


 旭は、その女性とかなりの距離、デッドヒートを繰り広げていたのだ。


 なんてこった、さっさと声をかければいいものを、日頃から、見知らぬ女性に声をかけたことが、なかったことに気付いたのが、走りだした最中だったなんて……そのせいで、追い抜くことが目的となり、全力で追いかける息の荒い男の恐怖に、彼女は逃げ出し、最後には前のめりにコケてしまう。


 それほど、俺は彼女を追い詰めていたなんて……。


 この女性は、女子高生と比べると、けっこう早く走れていたが、スタミナはそれほどでもなかったのだろう。


 最後には、運動会で久しぶりに走らされたお父さんのように、気持ちだけが前を向き、もつれる足をどうすることも出来なかったのだ……。


 彼女は激しく転んだことで、動きがない……怪我してないだろうか。本当に申し訳ない。


「すみません。大丈夫でしょうか?突然、追いかけたりして怖かったでしょう。怪しい者ではありません。道に迷ってしまい、尋ねようと思ったのですが、普段からあまり人に声をかけたりしないもので、つい追いかけてしまいました」


 むしろ、追い抜こうとしてました。


 旭は倒れた女性の傍らに両膝をつき、声をかける。起こしてあげようと、触れるのもどうかと思い、声をかけるだけにした。


 こういうところから、旭の他人との距離感が窺える。


「そ……そうだったんですね……でしたら、わたしのほうこそ逃げたりして、失礼しました」


 女性の起き上がる姿に、手を貸そうか貸すまいか、触れない位置に、手を添えるようにするあさひは、時が止まったように硬直する。


 自分の身体が硬直する経験はそうそうない。ホラーハウスやホラー映画を観ても、ある程度は覚悟をしているから、びっくりはするが、硬直まではいかない。


 つまり、不意を突かれた思いもよらぬ出来事に、頭と身体が分離するイメージ。時が止まったようにというより、これはむしろ、時が戻った出来事だ。



「え……はる……どうして……」


「えっと……どこかでお会いしましたか?」


 見間違えるはずがない、どこからどう見ても晴だ。


 幼い頃からずっと一緒だったんだ……顔だけじゃない……仕草……声……雰囲気……紛れもなく、晴なんだ。


 他人の空似?だがそんなレベルじゃない!頭がおかしくなる、だって晴は……


「あの……大丈夫ですか?どうして、わたしのことをご存知なんですか?」


「あ……ああ……すみません、僕は結城ゆうきあさひといいます」


「結城さんですね。わたしははる……暁月あかつきはるです」


「――!」


「でも、ご存知だったんですよね?わたしの名前」


 そんな……どういうことだ……


 この異世界は、異世界じゃない。

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