この異世界は、異世界じゃない
ろきそダあきね
【薄明の刻】...彼女の名はレイメイ
薄明かり。こんな時間に、ぼぉ〜っと歩けば事故にも遭うだろう。でも、必死で回避しようなんて思えなかった。気力?覇気?なんかそういうものが、抜けて落ちていたんだと思う。
なんかの記事で読んだことがある。交通事故における、死亡事故では、日の入り前後1時間「薄暮時間帯」が突出して高いらしい。
ドライバーにも、本当に申し訳ない。なんせ一人の人間を轢いてしまうのだから、きっとこの人は俺のせいで罪に問われる。
乗用車かトラックか、それすら分からないけど。眩しい光が見えて、これだけ考える時間があるんだ。まず間違いなく、このまま走馬灯とやらに突入していくのだろう。
眩しく光るヘッドライトから目を逸らし、覚悟を決めた俺は、
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
寝て起きた時って、眠る寸前のことは、あまり覚えてないよね。
それと同じように覚えてないのは、あまりにも衝撃的な出来事に、脳による防衛本能が働き、アドレナリンやら何やらが分泌されて忘れようとしたのか。それとも、あの世の温情?とか。そういうのも案外あるのかもしれない。
自分の行き先が天国だとしたら。
気付けば天国か。って……俺が天国に行けるとは限らないな。でも思う、天国か地獄かでいえば、自分は地獄ではないだろうと。たった17年の人生で地獄判定を受けるって、よほどのことだと思う。
そう思い、ゆっくりと目を開ける。
ん〜……いや、ここは……どう見ても天国じゃないだろうな。
まるで、恐ろしい炎に焼き尽くされた、廃墟のような街並み。
側に立っていただろう巨大な木々も、焼け焦げたように、ほとんどが根元の部分しか残っていない。
何かに滅ぼされた……そんな場所だ。
見る限り、地獄確定ということで、とにかく、他に死んだ人がいないか探すしかないか。
でもやっぱり怖い……探すことが怖い。雰囲気も怖い。薄明かりだし。たしか、死ぬ寸前は日の入りだったはずだが、今は……日の出前なのかな。
この、日の出前の青い空が、また何か出そうな雰囲気を醸し出してるもんなぁ……旭は、廃墟と化している街を散策するように歩き出した。
「ねぇ、君!」
「ひぃ!」
えぇ?うっ、後ろから声が……今、そこを通った時、誰もいなかったはず……振り向けば誰かがいる。血だらけの女性が?
でも、振り向いても誰もいなくて、誰もいないじゃんって、ホッとしたのも束の間、目の前に突然現れた血だらけの女性に、グワッと噛みつかれてブラックアウト……と、そんなことを考える旭は、恐る恐ると振り返る。
やはり、後ろには誰もいない。
ということは……
「ひぃ〜!」
「ハハハ、ごめん。君がこうして欲しそうだったから、ついつい、それに合わせてみたよ」
このホラーなシチュエーションを目の前に、誰かがいると感覚では分かっていたが、驚きのあまりに、旭は尻もちをつく。ゆっくりと目線だけを上げて、目の前にいる女性を確認する。
背も高く痩身で、白く美しい肌、銀髪の長い髪が胸のあたりまである。
前髪はかなり短いから綺麗な顔立がはっきり見えて、モデルのように美しい彼女から目が離せない。
また、この薄明かりを背にして、少し冷たい雰囲気がとても絵になる。
泣いてる?……悲しいの?……いや、潤んだ目が泣いたように見えるのは、綺麗な瞳が輝いているからだろうか。
この人も死んじゃったのかな?まだ若いだろうに、って人のことは言えないか、俺もまだ高校生だった。
しかしこの人、服装がどう見ても現代的ではない。
表現すると大正?大正浪漫的な雰囲気。
かといって、顔立ちとかスタイルとか、その時代にしては綺麗過ぎなんじゃないか?
いやいや、そんなこと言ったら大正時代の人に失礼だ。まぁ死後の世界なんだから時間軸とかは関係ないのだろう。
どの時代で死のうが、辿り着く場所はここ、そして輪廻転生されるまでの間、ここで苦しみを味わうことになる、そんな感じか?
ハッ!もしかしてこの人が閻魔大王なんじゃないか?今から試されるのか?
この後、前世での行いについて問われて、嘘をついたら舌を抜かれ、地獄に落とされるという寸法なんだ!
きっとそうだ、返答には細心の注意を払い、八大地獄あるといわれる地獄のうち、なるべく一番軽い地獄に落としてもらえるように頼むのだ!
さぁどんな質問がくる?よく考えろ!記憶を呼び起こせ!嘘偽りのない答えを出すんだ!
でも、どうしよう。
記憶にない罪について問われたら?……記憶にございません。
この言葉は果たして閻魔大王に通用するのか?
そんな都合のいい言葉を並べると、お前は
「えっと……もういい加減に起き上がってくれないか?時間もあまりない。君に伝えなければならないことがあるんだ」
うだうだと考えているところ、目の前に差し伸べられた彼女の手に戸惑いつつも、旭はその手を取る。
「あっありがとうございます。すみません、覚悟は出来ています。では、僕はどのような罪で、どの地獄行きと、なるのでしょうか?」
「は?……ハハハッ!君は面白いな!何を言ってるんだ?……ククク……ハハハッ」
「え?いっいや、ハハ、ですよねぇ!ハハハ」
「何が面白い?」
女性は冷たい目で旭を睨む。
「えぇ!……いや、もぉ、全然面白くないですよね!おっしゃる通り!まったくもって面白くない!」
旭は、先方のお偉方に合わせる営業マンのように、話を合わせる。
マジかぁ……こういう人は難しい。まぁ綺麗な人は気難しいって相場が決まっているが、こんな急に機嫌がコロコロ変わる?
たいがい、いろんな人に合わせてきたけど、初めてのタイプだな。ちょっと怖い……
「私は、レイメイ。異世界転移おめでとう!」
「ありがとうございます。
「ああ、君は死んではいない。ここは君からすると異世界になる。生きてて良かったな……この世界に、いきなり来て不便もあるだろう。私が君の案内人としてサポートするから安心してくれ」
ちょっ、ちょっと待て。異世界転移ってなんだ?何がどうなって、こんなことになってるんだ。
旭は、事故に遭った。そして死んだ、そう思っていた。だが結果は違う、頭の中を整理する時間が欲しい。
放心状態の旭は、そんな自分を待ってくれているレイメイに気付くと、とにかく受け答えだけでも出来るようにと頑張る。
「生きているのか……そうか、でもどうして僕なんですか?異世界に転移したってことは、何か理由があるんじゃないんですか?勇者になって魔王を倒せとか……なんか特殊な能力を授かって、村の者達を豊かにするとか」
「君は……君の好きに生きたらいいよ」
「えぇ?好きに生きろと言われても、先立つものもないし、住む場所も友達も……」
旭は何かを思い出すように暗く沈む。
生きてる……異世界に転移なんて、どうして転生じゃないんだ。
せめて一度死んでいれば、この記憶もリセットされていたのかもしれないのに。
逃げるようなことは許されないのか?
「君、生きていたのに浮かないようだ。寂しいのか?」
「……いや、前の世界に未練なんてものはないんですけどね、生きていく理由が……」
「君は、生きるのに理由がいるのか?」
「え?いらないんですか?」
「限りある命だ。大切に生きて欲しい……っとある人に言われたことがある。この【ヤヲヨロズ】という国は、生きていくだけでも大変なんだ。君がそんな考えでは、あっという間に命を落とすぞ!」
「【ヤヲヨロズ】?……でもそんな危険なら、生きていくなんて到底無理ですよ。なんせ、ただの高校生ですから、安全な日本でも事故で死にそうになるくらいですよ。うん……まぁ、時間の問題でしょ」
「前の世界でツラいことがあったんだな……君は、かなり卑屈になっている。こんなのは、どうかな?」
レイメイの掲げた右手から、水晶のように美しい水の塊が浮かび上がる。
「えぇ!魔法!?この世界では、そんなことが出来るんですか?……つまり僕も訓練すれば魔法が使えるんですね!そして、その魔法を駆使して魔物を倒し、人々を救い出したりするんですか?」
「……魔物とかはいないが、君の助けになることは間違いない。【マジックアワー】、そう呼ばれている。ただし、使える時間帯も決まっているんだ」
「時間帯?へぇ〜珍しい魔法ですね。というと、今が使えるということは、午前中だけ……とか?」
「午前と午後、日の出のすぐ前と、日の入りのすぐ後、【薄明の刻】だけだ。つまり、この時間帯。その時、君は神にも等しいチカラが使える」
「神にも等しい……」
なんだ、なんだ、なんだかとても心を掴まれるようなフレーズなんだけど。
すごく大袈裟に聞こえるのは、俺を元気づけようとしてくれてるのかな?気難しそうに見えるけど、本当はめちゃくちゃ優しい人なんじゃないか。
「少しは気力が出てきたか?」
ほらぁ、やっぱり気を使ってた。そう考えるとこの異世界で生きていくことも可能なのかもしれない。ちょっと怖いけど、優しいレイメイさんが、案内人としてサポートしてくれるっていうし。
時間制限があるといっても、薄明の時間って1時間以上はあるよね、ここは日本じゃないからもっと長いかもしれない。
一日に2時間くらい、いや午前と午後で合わせて約4時間か。
それだけ魔法が使えるとなると、家もお金も無いという状況下でも、なんとか生きていくことが出来るのかもしれない……ん?……そうか、俺は生きたいと思ってるのか。
さっきまで散々死んでいたらと考えていたはずが、今はどう生きるかを考えようとしている……現金だな……レイメイさんが教えてくれた【マジックアワー】という能力に魅力を感じてるんだ。
こんな俺を
自分を助けてくれなかったくせに、異世界で、のうのうと生きていこうとしてる。
ガッカリするかな?……晴に酷いことをしたアイツらと同じように、俺のことも恨むかな?
いや、晴はそんな子じゃない。
自ら命を絶ったが、アイツらに対しても、恨んだりはしていなかった。精神的に追い詰められていたんだ。
だから、彼女を失ったとき、俺は自分を不甲斐なく思ったんだった……しっかり支えてやれていたら、救えたんじゃないかと……
だったら俺がこの【ヤヲヨロズ】という国で、出来ることは何だろう。
それを探すことが、ここに転移された理由なのかもしれない。
レイメイさんにまだまだ聞きたいこともある。とにかく今は情報を得て……そう考える旭の横顔に、光が差す。
思考が停止した旭は、眩しく光る太陽を手で隠し、とりあえずレイメイに質問することにした。
「レイメイさん!【マジックアワー】って、この世界の誰でも使えるんですか?って……あれ?」
そこにレイメイの姿は無かった。
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