二杯目 自分好みの喫茶店に再来店する話



(扉が開き、カランカランとベルが鳴る音。以前より大きくなった蝉の声と、街の喧騒が聞こえる)


「いらっしゃいませ♪」


(扉が閉まる音。街の喧騒が小さくなり、かわりに店内BGMが流れる)


(椅子を引いて座る。足音と、グラスの中で氷の揺れる音が近づく)


「こんにちは。また来てくださったんですね、嬉しいです」


(テーブルにグラスを置くと思いきや、店員さんはあなたを見つめたまま、困り顔をしている)


「あの……もしよろしかったら、今日はカウンターに座りませんか? コーヒーを淹れるところ、近くで見れますよ」


(店内を見回すあなた。カウンターには、男がひとり座っている。男はテーブルを指先でトントン叩きながらこちらを見ていたが、あなたと目が合うと、んん、と咳払いをして顔を伏せ、正面を向いた)


「……お嫌ですよね、その……普通にテーブルの方が落ち着きますもんね」


(小さな声で、不安そうに呟く店員さん。あなたは大きく頷いて、席を立つ。椅子を動かす音がする)


「……いいんですか……? わぁ……良かった。助かります、ありがとうございます」


(小さな声のまま、安堵の声に変わる。店員さんに続いて店内を移動。男とは逆側のカウンターの端に座る)


「お冷や、失礼します」


(ななめ後ろから話しかけられる。テーブルにグラスを置く音、氷が鳴る音)


(グラスを置くのに紛れて、店員さんはあなたの耳元でささやく。吐息混じりの声)


「あなたがそばにいてくれて……心強いです」


(身体を離す店員さん。普通の声量に戻る)


「ご注文、お決まりでしたらお伺いします」


「今日はサンドイッチを召し上がるんですね。お飲み物はどうされますか?」


「サンドイッチに合うコーヒー……わあ、フードペアリングのお話、覚えていて下さったんですね。嬉しいです!」


「サンドイッチと合わせるなら、すっきりした後味の浅煎りコーヒーがいいですね。うちのお店で取り扱っている中だったら……コロンビア産のコーヒーをベースにした、浅煎りのブレンドがいいかもしれません」


「かしこまりました。すぐにご用意しますね」


(そのままあなたの側からカウンターの中に入る店員さん。蛇口から水を出して、手を洗う)


「うちのお店には、エスプレッソマシンはないんです。一番使うマシンがこれ。ご家庭でも使われるコーヒーメーカーに近いものですね」


(あなたの方を振り返って、作業しながら話しかける店員さん。コーヒーマシンのドリッパーを引き出す金属音。ペーパーフィルターをカサカサと取り付ける)


「ペーパーフィルターも、できるだけ紙の雑味が入らないもので、油分の吸い込み量も考慮して選んでいます」


(挽いた豆の入った銀色の袋を棚から取り出す。ざあ、と粉が揺れる音。計量スプーンで粉を量ると、ドリッパーに入れる。それをマシンにセットする。金属音)


「豆は、お客さんが途切れたタイミングでこまめに挽くようにしてます。挽いた状態で取っておくと、鮮度が落ちてしまいますから。日光や酸素、湿度も天敵なので、専用のバッグに詰めておくんですよ」


(マシンのスイッチを入れると、冷蔵庫を開け、仕込んであった具材を取り出す。冷蔵庫の扉が開閉する音。店員さんは手袋をつけ、ヘラでパンにマヨネーズを塗ると、具材を手際よく挟んでいく)


「ドリップ、落ちてきましたね。いい香りでしょう? 見えますか?」


(コポコポ、ジュワジュワという音)


「落ちてくるまで時間がかかるのは、蒸らしをしているからです。本格的にドリップする前に、少量のお湯で蒸らしをすることで、眠れるコーヒー豆が目を覚ますんですよ」


(店員さんの言葉を聞いて、笑うあなた)


「本当ですよ! おうちでハンドドリップするときも、蒸らしの手順があるかないかで、風味がすっごく変わるんですから」


(話しながら、サンドイッチに包丁を入れる店員さん。開くと美しい断面。皿の上に盛り付ける)


「お待たせしました。ミックスサンドイッチです」


(ことりと皿を置く音。続けて、棚からソーサーと小ピッチャーを出すカチャカチャという音)


「ドリップももうすぐですね……あ、お帰りですか? ありがとうございます」


(カウンターの逆端に座っていた男が、レジにお金を置いて出て行く。カランカランとベルが鳴り、ドアがしまる音)


(レジへ行って、お金をしまう店員さん。ドロワが開閉する音と、レシートが印字される音)


「……ふぅ」


(ぱたぱたと足音をさせて戻ってきて、手を洗う)


「これでお客さんと二人きりですね。よかった」


(目の前で朗らかに笑う店員さん)


「この時間はあんまりお客さんが来なくて、いつも私ひとりなんです。さっきのお客さん、いつも同じ時間に来て、同じ場所に座って、同じ時間に帰るんですけど……その間、ずーっと私のこと見てるんです」


「あ、お客さんも気づいてくれてました? そうなんです……何かされるわけじゃないんですけどね」


(カップウォーマーからコーヒーカップを出すかちゃかちゃ音)


「でも、今日は近くにお客さんがいてくれたから、安心できました。ありがとうございます」


(ドリップし終わったコーヒーを、サーバーからカップに注ぐ音)


「お待たせしました」


(コーヒーと、ミルク入りのピッチャーと、シュガーポットをカウンターに置く音)


「コロンビアはマイルドでバランスが良く、大抵のお食事や焼き菓子に合うんですよ。……あ、そうだ」


(一度店の奥に入り、何かを手に持ってカウンターから出てくる店員さん。あなたの隣に座る)


「こないだの本、読み終わりました? どうでしたか?」


(あなたに顔を近づけてウキウキ、そわそわしながら話す店員さん)


「おもしろかった? ですよね! ですよね!」


(すぐそばで嬉しそうにはしゃぐ店員さん)


「実は私、あのシリーズ集めてるんです。なので、良かったら……二巻、お客さんに貸してあげようかなって……あ、ご迷惑でしたらいいんですけど……」


(言葉尻をすぼめながら、持っていた本をおずおずと差し出す。あなたはそれを受け取る)


「わぁ、嬉しい! 同じ趣味の人とお話しできたらなあって、ずっと思ってたんです!」


「え? 今日中に読み切れないって? もちろん、わかってますよ♪」


(耳元に口を近づける店員さん。甘えたような声)


「そのままお貸ししますから、また近いうちに返しに来てくれると嬉しいです。私と二人のときに、ね」


(顔を離す店員さん)


「お客さん、真っ赤! 優しいだけじゃなくて、とっても可愛いんですね」


(甘さを残したまま、真剣な表情に変わる店員さん。再び顔を近づけ、耳元でささやく)


「でも、二人のときがいいっていうのは本当です。だって……気兼ねなく、できるでしょ?」


(いたずらっぽい声で)


「――感想の言い合いっこ!」


(立ち上がる店員さん)


「ふふ、ごゆっくりどうぞ♪」


(カウンターの中に入り、背を向けて洗い物をはじめる。水音と食器の音、店員さんのご機嫌な鼻歌が続く)

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