玄関の先が行方不明

Tempp @ぷかぷか

第1話 玄関の先が行方不明

 ガチャリとその玄関を開けると、見知らぬ部屋が広がっていた。

 慌てて閉じ、手もとの鍵を確認する。 神津之助こうづのすけのフィギュアの付いた、確かに俺のキーホルダー。汚れ具合と神津之助の右耳が欠けていることからも、これは間違いなく俺のキーホルダーだ。うん、確かにこれが俺の部屋の鍵。

 そうして左右を見回した。ここは❘逆城さかしろ団地3号棟の3階。そして目の前の扉には5号室と書いてある。

 再び共通玄関に鍵をねじ込みキー情報を読み取らせればロックが外れる音がした。恐る恐るノブを回し、音を立てずにゆっくり開いてみた景色は、先程と同じ部屋だった。奥で誰かが歩く音がした。

 慌てて扉を閉める。


 やはり俺の部屋ではない。けれどもこの鍵で開くということは、ここは俺の部屋のはずなのだ。

 ……そうだよな?

 不法侵入者?

 確かめなければならない。一刻も早く布団にダイブしたい。

 意を決してインターフォンに手を伸ばす。

「はい、どちら様ですか。宅配は頼んた記憶はないけど」

 見知らぬ落ち着いた声。

 宅配を頼む。ということは、声の主の部屋なのだろう。

「あの、そのですね、私の鍵であなたの家の扉が開いてしまったのです」

「はぁ? まさか」

「本当です」

 玄関を開けて現れた男は初めて見る男で、自分の鍵で玄関を閉め、俺に場所を譲った。俺の鍵を差し込んで開ければ先程と同じ見知らぬ部屋。隣で男がぽかんと口を開けた。

「……私の部屋ですね。逆城団地3号棟305。場所も間違いない」

「ええ。俺も同じ住所です」

 こんなことが起こるはずがない。なぜなら俺が借りているのはこの鍵とゲート使用権なんだから。

「これ、あなたも困りますよね」

「ええ……知らない人と繋がっているのではちょっと。扉管理事務所で聞いてみることにします」


 団地管理事務所の管理人は困惑に眉を広げ、いまどき分厚いマニュアルをパラパラとめくる。そうして受けた説明では埒があかなかった。

「そんなことを言われてもねえ」

「本当に逆城団地3号棟305なんです」

「それは登録データで確認がとれました。それにお客様の鍵の機能自体は問題はありません。バックアップは取られてなかったんですか?」

「バックアップって……」

「当社は鍵と扉をお貸しするだけです。データの登録はお客様でやっていただいておりますので」

 調べてみた所、この不具合の原因は、俺の鍵に入っていたはずの、俺の部屋の座標データが消えていたことだ。

 人口増加が著しい2286年現在、その居住用スペースの確保が都市部の喫緊の課題となり、一つの共通玄関に対して複数の部屋を多重空間的に紐付け、管理鍵を挿せばその共通玄関と鍵で紐付けられた部屋が現空間に接続され、自室に入れるようになっている。昔の立体駐車場の上階が異次元に設置されていると考えるとそれなりに近しい。

「じゃあ何でさっきの人の部屋に繋がったんですか」

「直前の使用者だからですよ。鍵自体の性能は問題ないのですから、直前に使用した部屋に繋がっただけです。ただ、あなたのデータが扉に入力されなかっただけで。今後は本社の方で対処します」

 手持ちのデータを調べてもらった結果、俺の部屋の座標に関連するデータ自体が根こそぎ削除されている。

「最近そういうウィルスが流行っているようですよ」

「ウィルスなんてそんな! 何とかしてください!」

「保険やセキュリティに入られていますか?」

 最後通牒じみた問いかけに冷や汗が流れた。鍵事故なんて極めて確率が低い。だから保険に入っていなかったし、ワンルームの部屋にセキュリティを置くわけがない。管理人はふぅとため息を突く。

「あなたの部屋がなにかの偶然で、どこかの共通玄関に繋がった時、連絡が入るようにしておきましょう。そうすればわかるかもしれないから」

 それは極めて低いどころか、天文学的な確率だ。膨大な多重空間の中から1つの部屋と偶然繋がるなんて砂漠で砂粒を探すより困難だろう。俺の部屋は一体どこに流れていったのか。


Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玄関の先が行方不明 Tempp @ぷかぷか @Tempp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画