2-5. 安堵した悪童と消えゆく軌跡
リッドは急いだ。
彼は焦っていた。
「クレアが、ウィノーが、子どもを捕まえる前に……俺が捕まえないと!」
リッドが焦る理由は明白である。
隠れ鬼で子どもたちを捕まえた際、彼らの死に際の記憶を見せつけられるからだ。
捕まえた1人目は村の外寄りで隠れて震えていたところ、何者かに背中から襲われて、その背中の深い傷1つでそのまま絶命する。
これはまだ綺麗な方だった。
「ああああああああああああああああああああっ! 痛いっ! 痛いっ! やめて! やめてよ! ああああああああああああああああああああっ! 死んじゃう! 死んじゃうよ! ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!」
2人目はより凄惨だ。2人目の子どもも捕まえた1人目と同じくらいの幼い男の子で、村の中にある大きな木に上って枝の上で身を縮こませていた。
リッドが恐る恐る触れた瞬間に、額から突如血が吹き出し、ドサリという鈍い音とともに地面に叩きつけられた。それだけならリッドもまだ見るに堪えられたが、逃げようと子どもが折れた足を引きずりながらもがいていたところでいくつもの傷を負い始める。
「これを見なきゃならないのか……」
さらに、子どもは逃げることを諦めて全身を丸くして、必死に懇願しながら何かに耐えているも徐々に耐えきれず、描写することさえ躊躇われるほどの姿となってから、やがて消えた。
傷を負わせる方の姿が見えず、子どもたちが一方的に傷付く場面を見ることになることをリッドは理解した。
「痛えええええっ! くそっ! ぐぶっ! 痛い……やめろよ! な、なにするんだ! くそっ! 服を破るなよ! なんなんだよ! え、あ……? う、嘘だろ……俺は男だぞ……? やめ、やめろ……っ! ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
3人目は隠れ鬼を始めた少年と同い歳くらいの少年だった。
少年は常に障害物の周りを走って逃げ回っていて、リッドがまさか追いつけないという状況だった。しかし、すぐさまリッドがある法則を見つけて、少しの間様子を見たのちにようやく少年に触れることができてから様子がおかしくなる。
少年は足を攻撃されたのか、ふくらはぎを抱えるように倒れ込んだ後、複数回殴られたように跳ねた。
そのあと、着ていた服がビリビリと破かれて、慰みモノにされてしまう。
「っ……むごいな……やはり、この村を襲ったのは
邪悪な小人は捕えた獲物をよく見ている。
あまりにも穴の小さい幼い子どもだったり、成長しきって肉の硬い男性だったりする場合、邪悪な小人は躊躇うこともなく殺してしまうが、それが成長しても柔らかさの残る女性だったり、まだ肉の硬くなっていない少年くらいであれば、その獣欲を押し留めることなく吐き出してしまう。
ただし、少年という唯一慰みモノの対象となる男性だと、肉は固くないが決して柔らかくもない。故に、より凄惨な状況になりやすい一面があった。
こうして、3人の最期を見たリッドがクレアにその光景を見せたくないと思うのも不思議ではない。
「4人目……今まで、村の外寄り、木の上、家と家の間の障害物の多い場所と来れば、家の中である可能性が高い!」
リッドは1人目を見つけてから、クレアに広場で待機するように指示をしようとも考えた。
しかし、変更する理由を簡潔ながらも少しはぐらかすように説明するのも難しく、また、1度与えた
その恐れも3人目を見た時には吹き飛んでしまい、何があっても見せたくないと固く決心している。
「いやっ! やめて!」
遅かった。
「こっちか!」
リッドは微かに聞こえてくる聞き慣れない少女の悲鳴の方向を頼りに、とある家の中へと向かう。
「そんなことするくらいなら殺して! どうせ殺すんでしょう!? やめてっ! いや……いや……私のことを穢さないで! 私には好きな人がいるの!」
彼は悲鳴が響く家を見つけると、扉側へ回り込むのも面倒だという勢いで窓に手を突っ込んでから、思いきり自分の方へと壁を引き剥がして侵入した。
「クレア! ウィノー!」
「あ、リッドさん……こ、これ……女の子を見つけて……」
「クレアちゃん、外に出るニャ! 見ちゃダメニャ!」
リッドの目に映った光景は、クレアが服を引き剥がされていく少女を助けようと虚空を掴み、やがて、リッドに気付いて助けを求める彼女の瞳に涙がいっぱいに浮かんでいるところだった。
「うぐっ……あぁっ! いや……いやああああああああああああああああああああっ!」
4人目の少女は、3人目の少年と同様にその身体を邪悪な小人の慰みモノにされた。
いずれ、この少女も息絶えることになる。
「ひっ……う、うぷっ……」
「クレア、こっちだ」
クレアが虚空を掴む動作を止め、代わりに自分の口元へ手を当てていた。彼女の表情はすこぶる悪くて何かを吐き戻しそうな様子のまま、リッドに連れられて扉から家の外へとよたよたと弱った足取りで出ていってから、その場でへたり込んでしまう。
「ううっ……おっ……うえっ……はあっ……はあっ……うっ……ふぅ……ふぅ……ふぅ」
「大丈夫か? ゆっくりだ、ゆっくりと息を吸って、そして、吐くんだ」
クレアはどうにかこらえて吐かなかった。だが、呼吸しづらそうな浅い呼吸を繰り返していて、リッドが彼女に深呼吸をするように促した。
徐々に徐々にクレアの息が整うも、涙をこらえることができなかったようで、彼女は顔をクシャクシャにしながら涙をボロボロと自分の脚へと垂らす。
「ううっ……こんな……こんなことって……」
クレアが文章にならない言葉をひたすら呟いていく。
リッドは彼女の様子を見て座り込むと、そっと彼女を抱き寄せて落ち着かせるようにする。
クレアは少しだけ驚いたように目を開くが、声らしい声をあげることをしなかった。
「どうだった?」
少年が現れ、ひどく平坦な声でリッドに話しかけている。
リッドは怒りの言葉を発そうかと顔を思いきり勢いよく上げて口を開くが、少年の笑みに合わない涙が流れていることに気付いて、一瞬にして冷めてしまった。
少年もまた被害者なのだと認識を改めた。
「……あぁ、ショーにしては最悪だ。無料なことが救いだ。金を取っていたら暴動が起きるレベルだよ」
「違うね、ショーだったなら最高さ。とびきり、リアルだったろ? おとぎ話なんて目じゃないさ。なんたって、本当にあった、リアルだったんだろうからね。こんなこと、お金を払っても見られるかどうか。まあ、だからこそ……リアルだから最悪なんだよ! 最悪なんだよ……ちくしょう……ちくしょう……」
「……ダンジョンの崩壊、暴走か?」
リッドは少年に問う。
少年はその言葉に首を振ることなく、首を傾げ、両手を肩まで上げて、せいいっぱいにおどけて見せた。
「……さてね。ボクだって、こうなってからは長生きしてるけど、元々子どもさ。それに、この時に何が起きたのか、全然分からないんだ。たまたま、その時にボクやボクの家族が猟で出かけていていなくてね。帰ってきたらひどい有様さ。家族で話し合って、殺されたみんなが恋しいってことで、この場でボクたち家族も死んだよ。死んでからここが薄靄に包まれちゃって、わけが分からないまま、ボクはあの日から毎日友だちの最期を見届けることになったのさ」
「生き延びたなら、どうして家族で他の村へ行かなかったんですか?」
クレアの質問を少年は鼻で笑った。
「あはっ、無理な話さ。ボクたちの親の親の親の……まあ、少なくともボクが会ったことのないくらいの人たちが別の国から追放されたんだから。そう、罪人の家族さ。帰る場所も行く場所もなく、どこかに紛れようにも言葉の違いで紛れられず、こんな森の奥深い所で外の人と出会うこともなく暮らしていたんだ。あ、そうだ。今、会話できていると思っているでしょ? それはお互いに声に発したいと思っているものを思念として伝えるだけさ」
リッドはゆっくりと立ち上がった。
「……俺はダンジョンにある想いを回収することができる。ただし、回収したとき、それらはただの想いの力になる。つまり、君も友だちも、この村も記録も記憶もなくなるけど、どうする? 留まりたいか?」
「……バカ言うなよ。親友や好きだった女の子が犯されているのを見て楽しめるような異常者だと思っているのか? ……頼むよ。もう終わりにしたいんだ」
「分かった」
「ありがとう。終わらせてくれて」
リッドが5人目、最初に会って、最後に話をした少年を捕まえると、少年は心臓に一突きされた傷が現れて倒れた。
その後、リッドが両手を広げていると、薄靄から青白い光がいくつも現れては彼に吸収されるように消えていく。
やがて、薄靄が晴れ、一瞬にして時が進んだかのように廃村は薄靄の外にあった柵となんら変わらない風化の仕方をしてからいくつかの家屋がガラガラと崩れていった。
「終わった……な……」
こうして、クレアの迷子から始まったこの話はリッドの胸にやはり不快感を残したまま、その感情を晴らすことなく、静かに終焉を迎えていった。
ダンジョン仕舞いのリッド 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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