2-4. ダンジョンに記録された記憶
ボコボコと地面が音を立てていくつも小さな隆起が現れ、さらにその中から腐った死体状態の
邪悪な小人と分けるなら
それらは武器を持つ者、武器を持たぬ者、五体がある者、一部が欠損している者などいろいろと現れるが、いずれも邪悪な小人特有の発声によるコミュニケーションを取ろうとせずに全員が真っ直ぐ標的であるリッドたちを見ている。
「要はアンデッドか」
リッドは安堵した。
クレアは聖女見習いで【
「はい、リッドさん、任せてください」
リッドがクレアに目配せをすると、意図に気付いた彼女は首を縦に振りながらそう答えて【屍霊浄化】の準備を始めた。腰に提げていた柄の短い棍棒を取り出して、祈りの杖代わりに自身の頭よりも高く掲げる。
「よし」
これでリッドは今の所安心してダンジョン攻略に望める。もちろん、先の冒険のように悲劇という名の奇跡でも起きなければ、という前提条件はあるが、彼は悲劇を心配して立ち竦んでしまうほど慎重でもなかった。
「さて、あのアンデッドたち、元は
少年は姿を現すことなく、ただ笑いが堪えきれないといった様子で声を漏らす。
「くくっ……ふふっ……あはははははっ! たしかにね……これほど鬼らしい鬼はいないけどね。だけど、鬼は君らで変わらないよ? じゃないと、遊びが変わっちゃうからね。それじゃあ、がんばってボクやほかの4人を捕まえてね」
リッドは少年の声とともに気配も消えたことに気付く。
隠れ鬼の開始だ。
死屍の邪悪な小人が一斉に動き出してリッドたちに襲い掛かろうとするや否や、クレアの杖代わりの棍棒が高く掲げられていた状態から振り下ろされて地面に叩きつけられる。
「いきます! 【屍霊浄化】!」
クレアの【屍霊浄化】は標的を定めて放つようにすることもできれば、棍棒を大地に振り下ろして叩きつけることで彼女を中心とした同心円状に効果を波及させることができる。
直接標的に放つよりも効果はもちろん弱まるものの、低級相手ならそれでも十分な効果があり、中級以上の相手であっても動きを鈍らせることくらいができる。
「リッド」
ウィノーがリッドに声を掛けると、リッドは肯いた。
「分かっているウィノー、あの子は最後だ。おそらく、条件付き無敵だからな」
「そうじゃないニャ! どうするニャ? 全員で行動するかニャ? それともバラけるかニャ?」
「あ……そうか……そうだったな」
リッドにとって、その問いは予想外だった。ウィノーを含む以前のパーティーであれば、この程度の状況なら阿吽の呼吸でさっと動けたからだ。彼は心のどこかでクレアを以前のパーティーにいた聖女見習いのピュリフィと同じように扱っていた自分がいたことに気付いて自省する。
「リッドさん! 私なら一人でも大丈夫です! 【屍霊浄化】もありますから!」
リッドがウィノーの方を見ると、ウィノーが言外に「クレアちゃんをどうするニャ?」と伝えていることを察した。クレアもまた、リッドとウィノーのやり取りを見て、「大丈夫」だとはっきり伝えた。
「ウィノーとクレアは二人一組で行動してもらえるか?」
「
「えーっ!? 私のこと、もっと信じてください!」
リッドの指示に、ウィノーが了承し、クレアが不満のような言葉を口にする。
彼は彼女の【屍霊浄化】の強さを知っているし、彼女が安易に行動しないことも知っている上でその判断を下した。
「あぁ、信じている。だから、全員一緒じゃなくて、俺が単独行動で、クレアにはウィノーとタッグをお願いしたい。ウィノーは素早いが戦闘力が低いから、死屍の邪悪な小人に囲まれるとまずいんだ。クレアの【屍霊浄化】でアシストしてほしいな」
「そういうことニャ!」
「……絶対違う。私、一人でも大丈夫なのに……」
ぶつぶつと不満を漏らすクレアに、リッドは優しく彼女の肩に手を乗せて、しっかりと彼女の顔を見据える。彼の視線に気付いたクレアは、彼の顔を見つめ返した。
しばらく見つめ合ってから、先に口を開いたのはリッドだった。
「違わない。俺はクレアを信じているし、貴重な戦力として頼もしく思っているし、だからこそ、ウィノーを任せられると判断したんだ。もちろん、ウィノーにもクレアをサポートしてもらうが、決してクレアのお守を頼んだわけじゃない」
リッドの正直な言葉にクレアがようやく怪訝そうな表情を払拭して縦に頷いた。
「……分かりました! ウィノーちゃんは私が守ります! 任せられたことを全力で努めます!」
「……いい返事だ。俺は村の外周寄りを探索する。2人はこの辺りを中心に家の中とかをくまなく探してほしい」
リッドはそう告げてから、【屍霊浄化】の効果で近寄れずにさらに崩れたり動きも鈍くなったりしている死屍の邪悪な小人たちの合間を縫って、村の外寄りへと駆けていく。
「了解ニャ!」
「分かりました!」
リッドは背中でウィノーとクレアの言葉を聞いてから、あっという間に村の外寄り、壊れかけの柵のあたりまで到着する。
「ん? もしかして……?」
リッドは、村の柵と家の壁の隙間の方に視線を移した際、少し大きめの水桶を被っているものの頭以外が見えている子どもの姿を見つけた。
子どもが震えているからか水桶の取っ手がカタカタと鳴っている。子どもは頭を水桶で覆っているために周りのことにまったく気付けていない様子でただただ縮こまっていた。
遊びは隠れ鬼だ。見つけて宣言しても逃げられたら捕まえたことにならない。
リッドは周りに死屍の邪悪な小人がいないかどうかを警戒しつつも、焦らずにそうっと近付いて子どもの背中にそっと触れた。
「捕まえたぞ」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ! 嫌だああああああああああああああああああああっ! 助けてええええええええええええええええええええっ!」
リッドはまず一人目と思って一息吐いたのだが、その直後に出した息を呑むことになった。
子どもは先ほどの少年よりも幼い容姿であり、甲高い声で叫んだ後にいつの間にか背中に大きな傷を負っていた。その後、被っていた水桶を取って走り出したかと思えば、近くで倒れてやがて動かなくなる。
リッドは一瞬、何が起きたのか分からなかった。
しかし、彼は「廃村」、「薄靄」、「アンデッド」、「ダンジョン化させるほどの人の想い」といういくつかの条件を照らし合わせた結果、やがて1つの結論に辿り着いた。
「もしかして、ここに残っている人の想いが……過去の記憶を再生している……のか……?」
リッドはこの隠れ鬼の結末を予想し、胸に不快感を既に宿していた。
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