2-2. 地図にない廃村

 廃村。その名の通り、人間の大小さまざまな歴史の中で打ち棄てられることになった村のことを指す。


 ただし、どのような理由で廃村になったかはもちろん異なる。


 飢饉や自然災害によるような人間にはどうしようもない理由もあれば、戦争や諍いからという人災的な理由もあり、若者が大きな町や城下町へと出ていくことで先細って自然消滅したというものまで、廃村に至るには多種多様な理由がある。


「…………」


 リッドは藪の中に身を隠しながら、薄靄が広がっている廃村の周りをぐるりと一周して状況把握を行った。その後、彼はクレアやウィノーのいる場所まで戻って来てから、ぶつぶつぼそぼそと独り言を呟きながらしばらく考え込む。


「お、おい、リッド、黙っていたら分からないニャ。どうだったんだニャ?」


 リッドの答えを待ちきれなくなったウィノーが話すように促すと、リッドは口におもりでもついているかのようにゆっくりと鈍い動きで上下させる。


「あ、あぁ……結論はまだ出せないんだ。そもそも、なんで……どうしてここは今まで気付かれなかったんだ?」


「どういうことニャ?」

「どういうことですか?」


 リッドは自分の頭の中を整理中といった様子で虚空を見つめながら、それでも聞きたがるウィノーやクレアのために口も動かそうとしていた。


「……俺が覚えている限り、この村は存在しない」


「存在しないニャ?」

「存在しない?」


 リッドの言葉を聞いて、ウィノーとクレアが互いに顔を見合わせてから首を傾げ合った。


「あぁ、この近辺を記している地図を買ったとしても、地図上にこんな村はない。地図の更新は……だいたいだが、赤ん坊が大人になるくらいのタイミングでされている」


「まあ、そうだニャ」

「そうなのですね」


 ゆっくりとしたリッドの説明に、ウィノーもクレアもまた自分で考えるためにか、リッドと同じように虚空を見つめ始める。


 2人と1匹の仕草が同じになった。


「つまり、最近できた廃村ではない……と思う。その推測をより確からしくするものとして、薄靄のかかっている場所とかかっていない場所があって、薄靄の中の柵に関して言えば、ボロボロはボロボロなんだが、まだ真新しい感じもあった。それに比べてだが、薄靄の外にあった柵はボロボロな上に風化していてボロボロ具合がより強いという感じだ」


「……それって……この廃村が相当古くに……」


 ウィノーがピンときたようでリッドの方を向いて言葉を放ち始めると、リッドもウィノーの方を向いてゆっくりと頷く。


「あぁ……この廃村は相当前にダンジョン化しているな。ダンジョン化した際に中の建造物類の時が止まるおまけ付きでな」


 ダンジョンとは魔力が多く存在する局所的な場所のことを指す。その魔力によって、鉱物や金銀財宝などを含むさまざまなものが作られることもあって人に多くの恵みももたらすが、決して良いことばかりではなく、人間に害悪を与える魔物と呼ばれるモノが定期的に、かつ、その範囲内で多く出現することにもなる。


 ただし、ダンジョンそのものが魔力や魔物を閉じ込める檻のような役目を果たしているため、普段であれば、害悪はダンジョン内という最小限にとどまっている。


 なお、魔物はダンジョン外でも魔力が少しでも溜まっている場所であれば出現することもあるが、その数や強さはダンジョンと比べるべくもなく大したことない。


 リッドのダンジョン化という言葉に、クレアが驚きを隠せずに目を大きく開く。


「えっ!? ダンジョン化ですか? でも、この辺りに大きな魔力溜まりや魔力の流れは感じられませんけど……」


「クレア、墓場のことを覚えているか。魔力の代わりになるものがあるって」


「……あ、人の想い……ですか……村ですものね」


 ダンジョンは通常、多くの魔力があることで発生する。しかし、魔力の代替として、人の想いがダンジョンを形成することもある。


 人の想いは善悪の判断なく奇跡を起こすものであり、その奇跡を起こす力が魔力の代替となりえるのだ。ただし、しょせんはまがい物の代替品のため、ダンジョンを維持する力は非常に乏しい。


「そうだ。何が原因かは分からないが、この廃村が廃村になった際の無念や怨念が人の想いとして奇跡を起こしてダンジョン化させている可能性が高い。しかも、この廃村ダンジョンのおかしいところは、人知れずってことなんだ」


「あ、ようやく合点がいったニャ。リッドの知っている地図に載っていないってことは冒険者ギルドの管理しているダンジョン所在を記した地図の方にもないってことかニャ!」


 ウィノーがサファイアブルーの瞳を真ん丸にしている。


「そうなんだ。だから、この廃村はそもそも存在を知られておらず、人知れず廃れて、ダンジョン化し、それでもなお今の今まで知られることなく存在しているってことになる」


「????」


 ダンジョンの最も恐ろしい点はダンジョン内で魔物に遭遇することではない。ダンジョンが崩壊した際に起きる魔物のダンジョン外への大量流出、すなわち、暴走と呼ばれる現象である。


 魔力の多少で暴走の規模が変わるものの、暴走によって近隣の村や町が壊滅することもあるため、ダンジョンの出現や崩壊の予兆、崩壊後の消失などは最大限に注意が払われていた。


 その最たるものが冒険者ギルドが定期的に行っている調査である。


 冒険者ギルドとしては、定期的に見習いから中堅、ベテランまで使って、調査はしっかりと実施している、はずだった。だからこそ、いくら魔力が少なくても、廃村がダンジョン化した程度であっても、知られていないダンジョンの存在などあってはならない。


 クレアはまだ冒険者見習いのため、その点にピンときていないが、リッドとウィノーは非常にマズそうな表情をする。


「そこまでは分かったニャ……で、リッド、どうするニャ?」


 ウィノーの問いに、リッドは静かに答える。


「もちろん、報告はしなきゃマズいだろうな。しかし、崩壊の予兆も見られた。だから、俺は……俺のわがままで申し訳ないが、俺のためにも、ここに囚われている想いのためにも、このダンジョンを閉ざそうと思う」


 リッドは奇跡を起こす「人の想い」を集めている。


 それは彼がかつての仲間を救うための唯一の手段だからだ。


「入るってことかニャ?」


「もちろん、付き合ってくれるよな?」


 リッドの言葉に、ウィノーもクレアもしっかりと縦に肯く。


「オーケー、もちろん、どこまでも付き合うニャ。毒消し草の依頼にとんでもない大きなオマケがついたようなもんニャ。まあ、帰る頃には夢の中で祝勝会かもニャ」


「私ももちろん、つ……付き合います! 毒消し草の依頼はまだ大丈夫ですし、それに、オマケの方がメインっていうお菓子がありますものね!」


 クレアが先ほどまでの小難しい話についていけなかった反動からか、ウィノーのたとえ話に乗っかろうと、パっと明るい表情をしながら妙なたとえ話をウィノーの後追いで口に出す。


 リッドとウィノーは困惑顔で額に汗を垂らした。


「ああ、ただ、その喩えはちょっと……」

「うん、でも、その喩えはちょっとニャ……」


「ええっ!?」


 クレアは同意してもらえると思っていたようで、2人からの反応に戸惑うばかりであった。

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