1-15. 希望を抉る大鎌

 ウィノーの設置型【ライト】は、まるで誰かが歩数を数えて十数歩ごとに置いたかのように等間隔で置かれ、その数、10列10行の100個ちょうどだった。戦う範囲として十分な広さで展開されており、その光量は地面の状況を肉眼で把握することも容易なほどの明るさである。


 リッドは大きく分類すると武闘士という近接戦闘職のため、生活魔法に属する魔法も規模や能力が小さい。その点、ウィノーは独自魔法も開発できるほどの魔法職のため、規模も能力もリッドを完全に上回っていた。


 ただし、個人の特性や性質は色濃く反映されており、【ライト】であれば、リッドは自動追尾型、ウィノーは持ち運び可能な設置型という違いがある。


「GIGIGI……」


 リッドとウィノーは目配せをして、同時に動き出す。


 魔物は即座に2つの動きに気付いて反応し、腹部に隠していた翅を威嚇のために広げつつ、2つの大鎌を大上段から振り下ろした。蟷螂を模した速すぎる攻撃。実際、クレアやハトオロでは反応することも難しいほどの速さで繰り出されている。


 だが、リッドもウィノーもそれ以上に速い。


「思った通り、大鎌は真上もしくは斜めからしか攻撃してこないな。横薙ぎがないだけ軌道が読み易い」


 上から振り下ろされた攻撃を難なく避けつつ、左右に展開するリッドとウィノーの動きに、魔物がまずリッドを標的にして身体の方向を変える。


「ごめん、そっちが標的っぽい! 速いから、油断すんなよ!」


「ウィノーじゃあるまいし、油断なんてしない」


「何て言い草だっ!」


 リッドとウィノーがやり取りをする中、クレアは指示通りに薄闇の残るダンジョン端まで駆けていき、落ち着いたところで【屍霊浄化ターン・アンデッド】の準備を始める。


「GICHI……」


 クレアの動きを確認したウィノーは間合いを取りつつ、リッドだけが魔物の視界に収まらないように絶妙な距離で動き回っている。


 一瞬で視界の中に入り、一瞬で視界の外へ出る。この視界に入るノイズが蟷螂の魔物の動きを鈍らせた。


 リッドはただひたすらに攻撃の機会を窺っている。彼が弱点と思われる腹部に近付くと即座に逃げられ、大鎌の一撃が振り下ろされてしまう。このことから、彼は魔物の攻撃手段を断つことが先決だと判断した。


「ウィノー、大鎌をまず1本へし折るから手伝ってくれ」


「大鎌ね、オッケー。どっちになるか分かんないけど、一本プレゼントするさ。直送だから、ギフトラッピングは無理だけどね」


 ウィノーが冗談交じりにリッドの要求に応えることを約束した。


「すぅ……【屍霊浄化ターン・アンデッド】、準備できました!」


 クレアのめいっぱいに出した大きな声が響き、リッドとウィノーが目配せをしながら頷く。


「クレアちゃん! オレに鎌が振り下ろされた後に【屍霊浄化ターン・アンデッド】を打って!」


 ウィノーが頃合いと見て一気にリッドの方へと走り出した。一方のリッドは魔物の標的対象から外れるために、大上段から繰り出された攻撃を避けた後にじっと静かに力を込めて待機し始める。


「GIGI……」


「ほらほら、こっちだぜ!」


 魔物がリッドを見失うと、標的がリッドから目の前で動き回っているウィノーへと代わり、大鎌がウィノーに狙いを定めて再び振り下ろされようとする。


「GIGIGIGIGI!」


 蟷螂の魔物の大顎がまるで歯ぎしりのような硬い骨どうしの擦れる音を立てる。


「任せたぜ、リッド」


 ウィノーが大鎌を誘導しギリギリで避けきった場所。そこはリッドが静かに待機していた場所から数歩しかない距離で、リッドに大鎌が抉った際に飛び散った土や岩、骨がバラバラと降り注ぐ。


「【屍霊浄化ターン・アンデッド】!」


 クレアはウィノーの指示通りに【屍霊浄化ターン・アンデッド】を発動する。


 ダンジョンの通路内では【屍霊浄化ターン・アンデッド】の効果範囲が定かではなかったが、彼女と対象である大鎌までの直線上、および、大鎌を中心にしてリッドを含む大鎌の周り前後左右と上下をぐるっと球状で囲むように、効果範囲と考えられる淡い光が包み込んでいることにリッドは気付く。


「動きが鈍った!」


 本来、アンデッド系の魔物を滅する力のある聖女見習いの【屍霊浄化ターン・アンデッド】も、A級の魔物相手では動きを鈍らせることが関の山だった。


 しかし、リッドの支援には十分だ。


「近すぎるだろ……だが、たしかに、俺の攻撃範囲だっ!」


 バキイイイイイッ!


 リッドの力を込めた掌底による一撃。重心の移動、力の伝え方、拳を振り抜くための敵までの距離などが完璧、かつ、的確に関節部分を突いた攻撃は、強固であるはずの大鎌の根元をぶち抜いた。


 彼はそのまま大鎌を得物にしようと掴み取ろうとする。


「ちっ!」


 しかし、リッドは結局大鎌を掴み取れないまま、即座に横っ飛びで移動する。


 直後、彼のいた場所はもう1つの大鎌が大穴を開けることとなった。魔物は痛覚がないのか、大鎌を1つ失ったことに反応する様子がなく、すぐさま別の大鎌で攻撃を繰り出したのである。


 全員がホッと一息吐く。


 決して余裕のある戦いではないものの、対処を間違えなければ、勝てる見込みが十二分にあると全員が確信する。


「すごい……早くも鎌が1つ壊れた……2人の息もぴったり。これなら勝てそう」


 クレアの称賛の声にピクピクとウィノーの耳が反応し、ウィノーの尻尾がくねくねと嬉しそうに振られている。誰の目から見ても、とても嬉しそうであることが一発で分かるほどの仕草だった。


「へっへーん! 伊達にサイアミィズをしていないぜ? 昔のオレじゃ厳しいけど、今のオレなら俊敏で敏捷性も抜群! リッドに合わせるなんて、お茶の子さいさいの朝飯まーー」


「ウィノー! 油断するな! 下だっ!」


 一瞬の油断。


 実際、リッドでさえも予想していなかった。蟷螂の魔物の大鎌を注視するあまり、上空ばかりを眺めていたことを敵に悟られてしまったかのように、地面から突如、人の手の骨がいくつも飛び出し、ウィノーの身体を捕えようとする。


「げげっ! スケルトン!? あっ……」


 スケルトンの攻撃に、思わずウィノーは捕まらないように跳ねた。


 蟷螂の魔物の前で動いてしまった。


 それを見逃すわけもない。


 リッドもウィノーの方へ向かって駆け出す。


「GIGIGIGIGI!」


 ウィノーが咄嗟に上を向いて気の抜けた声が出ていた時には、ウィノーやスケルトンの動きに反応し、大鎌が振り下ろされていた。


 ウィノーのサファイアブルーの瞳には、迫り来る大鎌だけが映し出されている。


「まずった、ごめん」

「ウィノー!」


 リッドが叫びながら、諦め気味のウィノーを少し強めに突き飛ばす。


「ふぎゃっ!」


 リッドは間に合ったことに安堵した。


 その直後、死の大鎌が彼の金属籠手ガントレットを挟み込み、鎌の棘でしっかりと捕える。幸いにして、金属籠手の強度の方が高く、金属籠手を主に挟むようになっていたために、腕への損傷はほとんどなかった。


「あぐうううううっ!」


 しかし、捕まえられたまま、すぐさま軽々と持ち上げられたリッドに蟷螂の大きすぎる顎が迫っていた。彼は、首だけは避けないといけないと悟り、掴まれた右腕をどうにか動かして自分の位置をずらし、さらに、左の金属籠手なら防げると判断し、防御の体勢を取る。


「リッドオオオオオッ!」

「いけない! 【吟遊詩人のバーディク・知る城壁プロテクション】 ダアアアアアンッ♪ ダッダッ♪」


「ぐあああああっ!」


 蟷螂の魔物の大顎がリッドの金属籠手を器用に避け、左肩に突き立てられた。


 しかし、大顎が深く突き刺さる前に、機転を利かせたハトオロの歌が効果を表したおかげで、リッドへのダメージは叫べる激痛と致死量に至らない流血で済んだ。

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