第32話 趣味が悪い
「もういい? ねぇ、もう殺していい?」
「許可する。メリル君一号。弟子一号をめっためたにしてやりなさい」
「ひゃっはーーーー!!」
メリルが飛び掛かってきた──と知覚する頃には死んでいた。
「ねー、復元している間も殺していい?」
「ダメよー。それにしても弟子一号復元おっせぇなぁ。頭吹っ飛ばされたくらい百億分の一秒くらいで復元しろよー。こんなんじゃラーメン伸びちゃうぞー。ベルー」
「2.87秒ですね」
「うげー。一回死んでる間にラーメン三杯いけるじゃねぇか」
いってみろ。クソ師匠。と思うが、言えない。
「あはっ。復元した」
また殺された。
「2.87秒」
「えぇー、進歩ねぇの? おいおい弟子一号、何やってんの。俺が師匠なのにそんなんでどうすんの。一回死ぬごとに一秒ずつ縮めてけよー」
無茶言うな。
「んーーーー気持ちいいぃ。死ね死ね死ね」
殺された。口を挟む時間もない。復元したと同時に殺される。
「2.87秒」
「カーーーーーッ、ッぺ。寝る」
くそ、おっさんめ。いつか殺す。
「アハハハハハッッ!!」
アホのピンク頭に為す術なく殺され続ける。ハッキリ言おう。滅茶苦茶ストレスだ。
「あ、2.86秒。この調子ね、頑張って」
ベルさんは優しい。優しい人にはさん付けしておこう。クソ師匠はずっと寝ている。
「ねぇ、アンタ弱すぎない? 弱いのは知ってたけど。それにしても弱すぎない? その短剣はおもちゃなの? 飾りなの?」
『おい、相棒。いい加減ストレス溜まってきたぜ? こいつ殺そうや』
『同意。マスター、この殺意をバネになんとかしましょう』
分かってるさ。たかだが数時間の間に、何百何千と殺され、指一つ動かすことができないストレスたるや。ましてこのアホピンク頭に煽られながら、だぞ。
「ん? なんかした?」
復元中、指一つ動かせない中、純粋で膨大な殺意を視線に乗せる。
「へー。なにそれ、私を視線でだけで殺そうっての? おもしろーい。でも理力低すぎて全然効きませーん。はい、死んでー」
それから何時間が経っただろうか。何日が経っただろうか、何か月が経っただろうか。何万回、何億回死んだだろうか。
「おーいクソ師匠、メリル一号倒したけど?」
「んぁ? ふぁー。ふむ。ベルどんくらい掛かった?」
この間、一度も起きることなく寝ていた師匠はめんどくさそうに頭を掻きながらそう聞いた。
「八ヶ月と十日ほどですね」
「そかそかー。ま、別にいくら掛かってもいいさなー。んで、弟子一号はどうやってメリル一号を倒したのだね?」
「……射殺した」
「射殺す? 何で」
「……視線」
「あん? 視線で射殺す? は? お前メリル一号を口説いたってことか? 趣味悪っ」
「んなわけあるか。言葉そのままだ。あー、百聞は一見にしかずって言うし、こうやったんだ」
師匠と目を合わせ、死眼を発動させる。自分の瞳孔に呪詛が浮かび上がり、それが相手へと転写される。
「うおっ。変なもん目に入れてくんなっ。うわぁー、うわぁー、ベル目薬あるか?」
「ありません」
「ッチ。しゃあない。酒でも掛けとくか」
師匠はそう言うと懐から酒瓶を取り出し、じゃぶじゃぶと目に直接掛けて洗い流そうとする。
「いでぇぇえええええ!!」
当たり前だ。アホすぎる。というか、そんな消毒的なものでどうにかなっては困るんだけども。
「クソっ。これが狙いかっ。弟子一号中々やるなっ」
「いや、違うし。転写された時点で死ぬ筈なんだけどね」
もちろん理力が違いすぎる師匠を殺せるとは思っていないから使ったのだが。
「ッフ。分かってる。寝起きのジョークだ」
「いや、ていうか寝過ぎでしょ。八ヶ月以上寝るとかどうなってんの」
「まぁ、俺の理界だからな。
「……無茶苦茶だね」
ご都合主義ここに極まれり。過去の時間の流れを改変するとか現代科学を真っ向から無視した所業だ。
「はぁ? 死んで生き返ってるお前だって生物学無視してるだろうが」
「……心の中まで読まないでくれるかな?」
「ハッハッハ。断る。さて、修行の成果をちとばかし見てやろう。ゴリラメリル君っ」
師匠は指を鳴らし、唐突に次の修行に入った。
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