第30話 ホムラとベル

「ふむ。じゃあちぃとばかし遊んでやるかね。ベル、ボウズを守っておいてくれや」


「ええ、分かったわ」


 まったく気配などなかった。気付いたら隣に赤髪の綺麗な女性が立っていた。目まぐるしく変わる状況に頭が追い付かない。


「ハンデだ。お前の理界の中で戦ってやるよ」


「その慢心とともに永遠の眠りにつかせてやろう」


 使徒が駆け、聖剣を振るう。先ほど振るわれた一撃とは比べものにならない速さ、重さ、威力を感じる。だが、武士は必滅と言っていい一撃のことごとくを柳のようにいなして、捌ききっている。


「執行者どうした? そんなもんか?」


「いい気になるな。こんな場所でなければ貴様など一瞬で塵だ」


「ッハ。そういうの何て言うか知ってるか? 負け惜しみってんだ。人畜生の言葉だぞ、覚えておけや」


 聖剣と炎刀がぶつかり合う。そのたびに世界そのものが震動し、逃げ場のないエネルギーが暴れまわる。このベルとかいう人が守ってくれなければ再生することなく塵芥ちりあくたになっていたことだろう。


「フフ。ホムラ、そろそろボウヤがおしっこ漏らしちゃいそうよ」


「ふむ。そいつはマズイねぇ。じゃあとんずらさせてもらいますかね」


「ッチ」


 武士──ホムラと呼ばれた男が炎刀を宙で振るうと世界がバターのように切れて溶けていく。ちょいちょいと手招きされるが、その場に足が縫い付けられたように動けない。


「あら? 手遅れかしら? ……セーフね」


「そりゃ、向こうも助かったな。しょんべん臭い理界なんて最悪だからな、カカカカ」


 ベルに奥襟を掴まれ、ズルズルとひきずられて、世界の切れ目へ。


「どうする? まだやるかい?」


「興が冷めた」


 その言葉とともに世界の景色が元へ戻った。


「あんがとさん。んじゃ、また」


 そして、僕は訳が分からないまま、ベルに引きずられ、その場を離れる。


「「「…………」」」


 連れてこられたのは変哲もない倉庫だ。ここにきてようやくホムラが口を開いた。


「よーし、ボウズ。修行だ」


「……まずは、助けてくれてありがとう。修行とかわけわからないけど、その前に誰?」


 思考が追い付かないので、整理するためにもまず大事なことを聞いてみた。一体目の前のこのおっさんと美人は何者なのだろうか、と。


「あーん? 名乗ったろ。ホムラとベルだ」


「ホムラ、それじゃ分からないでしょ? もう少し説明してあげないと」


「えー。あー、うーん。めんどくせぇー。ベル任せた」


 ホムラは首を何度か傾げながら、口を開いては閉じ、開いては閉じ、最終的にめんどくさくなったようでベルにバトンを渡すことに。


「ハァ。ま、いいけど。こっちのホムラはプレイヤー。私はそちらと一緒のインテリジェンスウェポンよ」


『フラン。借りができたな』


『フラン、助かりました。ありがとうございます』


 ベルは人間じゃなくて、武器だった。もう一度ベルを眺めてみる。どう見ても人間なのだが。


「あら、ボウヤも男の子ね。そんなヤラシイ目で見ないでほしいのだけれど?」


「名前が違うみたいだけれど?」


 ベルの言葉は無視して、気になったことを尋ねる。


「あぁ、私の名前フランベルジュだから。どう? 武器っぽいでしょ?」


「なるほどね」


 別に疑ってもしょうがないし、ベルが武器でも人でもどっちでもいいので納得しておく。


「で、なんで僕を助けてくれたのかな?」


「必要だからね」


「何に?」


「おっとベル。それはまだ秘密だぞー」


 この質問はホムラに止められた。


「はいはい。ということでボウヤゴメンね。それは秘密」


「あそ。じゃあ、あのピンク頭たちは何者なの。使徒とか言ってたけど。あいつらは運営? 管理者なのかな?」


「いえ、執行者もその従者もプレイヤーよ」


「執行者って何。スキルじゃなさそうだし」


「それも私たちの口からは言えないわね」


 明らかに今まで出会ったプレイヤーとは違う。核心的なことを知っていそうな連中。今は言えないというなら仕方がない、自分で掴みに行くしかない。


「ま、ホムラとベルといれば何か分かっていくってことでしょ」


「そういうこった。つーわけで修行だ」


 話しは終わりとばかりにホムラがパンっと手を叩く。


「……修行を受けるとは言ってないけどね」


「カカカカ。ボウズ、お前アホウだな? この世界では理が強さを決め、強さが理を決める。お前と俺の力の差は流石に分かるだろう? 俺が白と言えば白、黒と言えば黒、犬と言えば犬だし、うんこと言えばお前はうんこなんだよ」


「…………」


 この世界に人権や法などない。ホムラの言う通りだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る