第2話 旅立ちの一撃

風の魔力が体内からあふれ出し、周囲に衝撃波を与える。


「来いよ!下衆魔人!」


─これが、風見玄春のリベンジの、始まりだった。


「グギャ!グギャァァ!」


振りかぶり、横なぎ、下段攻め、蹴り上げ。トロールの多様な猛攻を、玄春は躱して、往なして、華麗に防いでいった。

そして、攻防の合間合間に、トロールに対し、打撃、斬撃を与えていく。

運動能力も平凡な玄春が、トロールに対して着実にダメージを与えられるのは、神から受け継いだ、魔力にあった。


その魔力は、闇。体を強化し、魔法の威力を高める性質がある。これをまとった玄春の攻撃性能、防御性能は、上位の魔物に匹敵する。


「グ……グギャア!」


「甘い!」


苦し紛れのトロールの棍棒での一撃を腕で受け止め、そのままトロールを蹴り飛ばして見せる。


「グガアァァァァァァァァ!」


コンクリート塀に勢いよく衝突し、さっきの玄春と同じ状況に追い込まれたトロールに、玄春は指を突き付ける。


「グ、グギャ、グギャギャギャギャギャギャギャ!」


トロールが死に際に道連れだと言わんばかりに、女の子に向かって棍棒を投げ飛ばす。間違いなく女の子を屠るであろうその一撃を、玄春は線上に立って、風の魔法で切り裂いて見せた。


「グヒィィィィィィィィ!」


─もはや、トロールに戦闘の意思はなく、ただただ恐怖があった。


「ゼウス、最後の一発だ!力を貸せ!」


─まぁ、旅路の始まりだ。オープニングは、盛大にいかないとね!


声が流れた瞬間、玄春の指先に、膨大な闇の魔力が流れ始めた。

それに、玄春自身の風の魔法を流し込んでいく。


「これが、ゼウスの鉄槌だ!」


魔力が限界を迎えた瞬間、暴力的な魔力の砲撃がトロールを打ち抜いた。


「グッギャアァァァァァ!……」


そして、トロールの体は完全に灰になり、風に乗って消えていった。


「これが、親父の仇だ……!」


俺が呟くようにそういうと、ようやく瓦礫を撤去したらしい警察と、蒔絵さんがこっちに駆けよってきた!


「無茶するんじゃないよ!っこの大馬鹿物め!」


蒔絵さんは涙ながらに、俺をひっぱたいた。ハハ、なんでだろう。なぜか、トロールにやられた時より痛いや……

女の子は怪我一つなく、無事に保護されたようだ。さっきの叫んでいた女性が、泣きながらあの子を抱きしめている。


(やった、守れた……安心した。)


そう思った瞬間、俺の意識は途絶え、ずっこけるようにして地面に倒れた。


「ちょっと、玄春!?玄春、玄春……」


蒔絵さんの声が、だんだん遠ざかっている。


─意識がブラックアウトしてから、しばらく俺は眠っていたらしい。俺は病院らしきところで、ふっと意識が戻った。


「知らない天井だ……」


人生で行ってみたかった言葉ランキングトップ10に入っているこのセリフ、ようやく言うことができた。


「玄春、起きたのね!?」


蒔絵さんが心配したような表情で問いかけてくる


「うん、痛いところもないし、大丈夫だよ。」


「良かった……心臓に悪いことするんじゃないよ……」


蒔絵さんの泣きそうな顔に、少し胸が痛んだ。


「うっ、それは本当にごめん。それで、今は何時?」


「夜の十時よ。」


「じゃあ、五時間くらい眠ってたことになるのか。良く寝たなぁ。」


「正確には、三日と五時間、ね。」


「へ?」


「あなた、本当によく寝てたのよ。もう、気が気じゃなかったわ。兄さんから任されたあなたに何かあったら、天国にいるあなたの両親に顔向けできないもの。 

突発的な魔力不足ってお医者さんは言ってたわ。しばらく、安静にしてなさいね……」


「うん、わかったよ……心配かけてごめんね、蒔絵さん。」


「いいわ、あなたが無事ならそれでいいもの……そういえば、あなたが寝てた間に、 あなた宛てに手紙が届いてたわよ?はい、これ。」


「ありがとう。えっと、どれどれ……へ?入学推薦状?」


俺の素っ頓狂な声が上がる。いや、そこじゃない。入学推薦状……?


「え?入学推薦状って、まさか……?」


「国立……伊邪那美学園高校……!?」


「伊邪那美学園高校って、あの超名門の……?」


伊邪那美学園高校(いざなみがくえんこうこう)。国立の魔法使い育成機関で、伊邪那美出れば、人生安泰と謳われるほどの、超名門校である。

ただ、入学の仕方が異質であり、国立でありながら受験の方式をとらず、実績を上げたもの、魔力が優秀なものなど、校長がその年に選び抜いた十数人しか学校の門をくぐることを許されないという、ことで、伊邪那美に入ることは、古来中国の科挙と同じ、いやそれ以上の難易度とされている。

そんな学校が、俺に入学を推薦してきたのだ。


「え、まじで、なんで……?」


驚きすぎて、逆に落ち着いたような反応を見せてしまったのだが、少し前まで平凡な学生だった俺に推薦状が届くのは、まさに奇跡としかいいようがなかった。


「玄春、ここに行くの?」


蒔絵さんが少し心配げに、俺の意思を聞いてきた。


「うん、国立なら学費も安いし、伊邪那美には個室寮もあるから、通学も心配ないし……」


「そうじゃなくて、あなたが本当にここに行きたいのかってこと。ここに行ったら、魔物と戦うことになるよ?今日の玄春の強さを見てたら大丈夫とは思うけど、自分の身を顧みずに危険を冒せる?」


そうだ。伊邪那美に行けば、魔導士になる道を強いられる。進路も特に考えてはいなかったけど、十分殉職とかもあり得る職業だ。でも、今日感じたことは……


「うん、俺ここに行くよ。進路も特に考えてなかったし、魔法を活かしたいし……

それに、俺みたいな、家族を魔物に殺された人を、増やしたくないんだ。」


「そっか……うん、頑張ってきなよ!」


「心配かけて、ごめんなさい。」


「全然いいさ。玄春が行きたいところに行ければ、私は満足だよ。でも、無理はしないように。」


「うん、約束するよ。」


その後、蒔絵さんは家に帰っていき、俺は明日退院することになった。

だけど、三日間も寝ていたせいか、うまく寝ることができなかった俺は、気まぐれにゼウスに問いかける。


「ゼウス、俺、うまくやれるかな?」


─きっとできるさ。だって、君は僕が直々に選んだ器なんだもの。僕もついてるしね。


「そうか、そりゃよかった。」


─これから、君には伊邪那美でロキを倒すための力を付けてもらう。もちろん、僕も協力するよ。


「あぁ、これからよろしくな。」


そうやって他愛もない会話をしながら、夜は更けていく。



─蒔絵side


「ここに来るのも、久しぶりだね。」


私が家に帰る前に足を踏み入れたのは、玄春の両親が眠る墓地。玄春の節目や、命日には必ずここにきて、報告をすることにしていた。

本当は玄春が中学を卒業した日に来るつもりだったが、少し早くなってしまった。


「やっぱり、私が育てても、兄さんと義姉さんの子供だね。」


私のしみじみとした声が、夜の街に伸びていく。

玄春には隠しておいたが、兄さんと義姉さんは、伊邪那美で出会って恋に落ち、結婚して玄春を生んでいた。

多分、玄春は腕のいい猟師程度にしか思っていないだろうけど、それでもこのことを言えば、あの子が無理をするのがわかって、どうしても言えなかった。


「申し訳ないこと、したなぁ。」


少し後悔の念が沸き上がってくる。でも、これでよかったとも思う。だって、玄春はこんなに立派に育ってくれたのだから。


「あんたたちの子供、私のもとも離れていくよ。だから、あっちでは兄さんたちが、しっかり見守ってておくれよ……」


私はそうやってしっかりお願いをする。

息子の為とあらばどんなことでもしてしまうのが親心だ。

きっと、あの子を天国から見守ってくれるだろう。


─さすが、俺達の息子だな。


─えぇ、そうねぇ。しっかり、見守っておかなくちゃねぇ。可愛い妹の頼みなら。


そんな声が聞こえた気がした。

玄春の運命を、支えてくれますように。








ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。

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