顔しかない化け物

 走る、ただひたすら走る。


 しかし顔のバケモノは、某ビデオゲームの青鬼のようにゆーっくり追いかけてくる。


 森が騒めく。


 鳥が暴れ始め、冷たい風が吹く。




「わぁ!これが心理描写ってやつか」


「なんでニコニコしてるの?生物のざわめき方が尋常じゃ無い。何かが起きてる」


「何が起きてるんだろうね!あ……、」




 マズい。


 ついうっかり深雪とはぐれてしまった。


 バケモノは深雪の方を追いかけている。


 あれ?さっきより近づいてない??


 それまでは平行線の追いかけっこをしていたのに。


 そういえば、こいつは生物なのだろうか、それともお化けなのだろうか?


 胸の底から湧き出る好奇心。


 ドキドキワクワクする心臓。


 そしてうっかり、バケモノに石を投げてしまった。




「あ、当たった」




 どうやら、実体を持っている様子。


 となると、これはホラーゲームではなく……。




「パニック映画!!」




 あ、ついうっかり大声も出してしまった。


 深雪が怖い顔をしてこちらを睨んでいる。


 後で説教されるな、これは。


 それにしても、なぜ顔は深雪だけを追い続けているのだろうか。


 私だったら、相手になかなか追いつけない場合は、他の捕まえられそうな相手に狙いを変える。


 行商人のおじさんとか……。


 たまたまの可能性もあるけど、今回はそうで無いと仮定して考える。


 だめだ、ちっともわからん。




『そいつはねえ、タムの葉がにがてなんだよう』




 と、先日お仲間に加わった情報屋のノルンが突然現れて言ったが、話す言語が違うのでちっともわからん!




『おい、それ昨晩飲んだぞ!煎じて茶にした!』




 話が進んでいる様子。


 もしかすると解決策があったのかもしれない。


 と、昨晩お茶にして飲んだ葉っぱを懐から取り出す行商人。


 ナルホド、もしかしてこのバケモノはこの葉っぱが苦手なのかな?だとしたら深雪だけ狙われるのも合点。


 


『おい、お前少しは戦えるんだろ?さっきの立ち回りはすごかったぜ!』




 行商人のおじさんが葉っぱを投げてきたのですかさずキャッチ。


 そしてバケモノの無駄に大きい瞳目掛けて思い切り投げた。




「おーっ!ストライクっ!」




 追いかけるのをやめて悶えるバケモノ。


 顔だけの肉体を前後にくねらせながら、言葉になり切れていない音を発している。




「さらに、ほいっ!」




 ついでに深雪にも投げておいた。


 投げた葉っぱは深雪の胸にクリーンヒットし、土埃のように舞いながら深雪の体に降りかかった。


 ゲホゲホとせき込みながらこちらを睨みつけてくる深雪に申し訳なさを込めて苦笑いを送るが、これは一筋縄ではいかなさそうだ。


 こうして、無事追いかける対象を失ったバケモノは森の暗闇に姿を消し、夜が明けると私たちは再び馬車を走らせた。





 









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