情報屋
そろそろ私たちが逃げていることに気づいたころだろうか。
それとも、これから一生気づかれることはないのだろうか。
確認する手段を、今の私たちは持ち合わせていない。
とりあえず、姿を隠すためにローブを購入することにした。
言語の壁は、相棒である深雪がなんとかしてくれている。
彼女は、7つか9つか忘れたけど、とにかくたくさんの言語を操るマルチリンガルなのだ。
「多分、心結のハンカチ一枚とローブ二着を交換してくれるって言っている。私のハンカチも換金できないか聞いてみたけど、だめだった。文化の違いかな」
結構お気に入りのハンカチだったけどこの際仕方がない。
逃げ切るためだ。
この多大なる犠牲には目をつむろう。
『ありがとうございました!』
「ちなみにあれはなんて言っているの?」
「お礼を言っている、はず。あ、お辞儀はしないで、大きく手を振る。こうやって」
この国ではお辞儀をすることは失礼にあたるらしい。
ここにきて数時間でよくそこまで調べたものだ。
「さて!ローブも手に入ったことだし、ご飯食べに行きますか!」
「通貨を持っていない」
「大丈夫、大丈夫!持ってるじゃん、95%銅貨」
「日本円で払う?」
「さっきも物々交換で大丈夫だったし、価値さえあれば何でも大丈夫でしょ!」
「でも罪悪感が」
「いいじゃん!10円で定食、食べちゃおうよ」
というわけで酒場らしきとこまでやってきた。
「いかにも、情報屋とか裏社会の人間とかが取引してそうな……」
「演出を疑う」
中は血生臭く、汗臭い。
屈強そうに見える男が多く、女性の割合が少ない。
前時代的な男性社会なのか、それとも別の理由があるのか、それによっては今後の動きも変わってくるけど……。
『おっちゃん、これで食えるもんちょうだい』
相棒の深雪が、この国の言葉でマスターと交渉中。
やっぱり深雪の言葉はカタコトみたいで、マスターは何度も首をかしげるし、深雪は何度も同じ言葉を繰り返していた。
しばらの奮闘の末、深雪が帰ってくる。
「20円でご飯ゲット。適当な席に座っとけって」
「りょうかぁい」
私は席に座り、転移してくる前に買ったペットボトルの蓋を開け、中の水をちびちびと飲んだ。
『それはなんだ?』
『これは”ペットボトル”だ、中に入っているのは水だ』
急にタンクトップに短パンの少女がやってきて、話しかけてきた。
いったい何の話をしているのだろうか?
「この子は情報屋。ペットボトルに関する情報が欲しいらしい」
「おーっ!テンション上がるね、これから探そうと思ってたけど、まさか歩み寄ってくるとは」
「どうする?」
「タダでわたすわけにはいかないな!って言ってて」
また少女と深雪が交渉を始めた。
「仲間に加わるって。私たちにとって害になることはしないと約束するって」
「信用できねぇ、って伝えて!」
「楽しんでる」
「いいから、いいから!」
そしてしばらくの交渉の末、少女が怪しげな首輪を取り出してきた。
「契約の首輪って言うらしい。持ち主が契約に反すと、持ち主の命を奪う代物だと」
「これまた物騒なものを」
「どうする?」
「本物かどうかも怪しいし。でも現地人が仲間に加わるのはありがたいし、しかも情報屋でしょ?」
この場所において、情報という元がどれだけ貴重で、どれだけ危険かは理解しているつもりだ。
よってその1点においてのみこの子の仲間入りは大歓迎。
しかし、冗談抜きで信用できない。
どうしたものか。
「とりあえず、その水を飲ませてくれって」
「はい」
私がペットボトルをわたすや否や、少女は中の水を一瞬にして飲み干してしまった。
警戒心どこにいった。
自己防衛大丈夫そ?
「土臭くない水を飲んだのは7年ぶりだって」
喜んでいるのは少女の目を見ればわかる。
嘘偽りのない、純粋に喜んでいる人の目だ。
これだけ必死に歩み寄ろうとしてくれているのに、突き放すばかりでは罪悪感で死にそうになる。
「三日だけ、お試しで一緒に行動してみよう」
こうして、情報屋が仲間に加わった。
ちなみに、一人10円で頂いた食事はかなり美味しかった。
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