第三章
第三章 女神の失敗作
天地の見えない真っ暗闇。それでも、俺は「只今落下中」という危機的状況を直感していた。
一体、どこまで落ちていくのだろう?
これまでの落下距離を鑑みると、最悪の結末を想像した。それを素直に受け入れるほど納得のいく理由が、今の俺には無かった。
何か、何か助かる手立ては無いものか?
俺は往生際を弁えず、救いを求めて周囲に視線を巡らせていた。
すると、真下の暗闇に「小さな光」を見付けた。
あれは「出口」か? それとも「底」か?
俺は謎の光の正体を見極めるべく、目一杯視力と意識を集中した。
その瞬間、光が「拡大」した。
「「!?」」
俺は驚いて息を飲んだ、すると、背後から「別の誰か」が息を飲む気配が伝わってきた。それを直感して、俺は反射的に振り返った。
そこには、「黒い甲冑をまとった、白金髪の美少女」がいた。その姿を見た瞬間、俺の口から「シグムント王国史上最悪の忌み名」が飛び出した。
「魔王っ」
「!」
俺が声を上げた瞬間、白金髪の美少女が息を飲んだ。その音が俺の耳に届いたところで、俺の視界が「光」で埋め尽くされた。
何だっ!? 何が起こったのだ?
俺は困惑しながら咄嗟に目を瞑った。その行為によって、光の暴力から目を守ることはできた。その代わり、周囲の様子は確認できなくなった。
その直後、俺の全身に凄まじい衝撃が奔った。
「!!!」
俺の眼底で、凄まじい光量の「火花」が散った。その瞬間、俺の意識も飛び散り掛けた。しかし、俺は耐えた。俺には耐えねばならない理由が有った。
隣に魔王がいる。
敵がいる状況で、呑気に寝てはいられなかった。その負けず嫌いな性分が、俺に耐える力を与えてくれた。
俺は、「口の中に梅干し百個入っているぞ」と念じて、その味を想像した。すると、俺の口内に鮮烈な酸味が広がった。その錯覚が、俺の意識を覚醒させた。
「良しっ」
俺は気合を入れて、バネ仕掛けのように勢いよく跳び起きた。続け様に、辺りに視線を巡らせた。いや、巡らせようとした。
ところが、俺の目の前に「謎の黒い壁」が立ちはだかっていた。
「!?」
行き止まりか? 俺は直ぐ様振り返って後ろを見た。すると、そこにも黒い壁が立ちはだかっていた。
俺は、真っ黒く煤けた「絶壁」に挟まれていた。
ここは――「渓谷」か?
現況を俯瞰で見れば、世界規模の巨人が打ち割ったような「巨大な亀裂」が奔っているのだろう。その事実を目の当たりにして、俺は頭を抱えた。
これは夢か? それとも現実か?
頭を抱えながら周りを見ると、絶壁だけでなく、地面も、どこもかしこも煤けていた。それらの情報から、俺は「『何か』に焼かれた」と推測した。しかし、俺の想像が及んだのは「そこ」までだった。
何なのだ? 一体、ここはどこなのだ?
俺は何度も辺りを見渡した。しかし、煤けた渓谷は複雑に曲がりくねっている為、奥の様子は確認できなかった。
実際に歩いていかなければ確認できない。だが、どちらに行けば良いのやら?
現況に付いて考えるほど、俺の胸中に憂うつな想いが募った。それに伴って、脳ミソが漬物石のように重くなった。それを無理矢理支えようと、俺は敢えて天を仰いだ。
その瞬間、俺の目が「点」になった。
俺の視界に映った空は、無数の「大渦」で埋め尽くされていた。それらの中心から様々な色が飛び出たり、吸い込まれたりしていた。
何だ? 何なのだ? これは?
俺の知らない空だった。その事実に加えて、ネフィリムに住む者なら誰もが知る「太陽」が無かった。星も、月も、俺の知る空に有ったものは、何も無かった。その事実は、俺に一つの可能性、いや、事実を直感させた。
ここは、ネフィリムではないのだな。
不思議な世界だった。太陽が無くとも周りの光景がハッキリ視認できた。
まるで、世界そのものが光を放っているようだ。
斯様な摩訶不思議な現象が起こる理屈は、俺に分からなかった。しかし、「現況の正体」に関しては、思い当たる節が有った。
ここは、「封印の壺」の中なのか。
どうやら、俺は女神の神器に封じられたようだ。正直、認めたくはない。しかし、「それが事実である」と、現況が煩いくらいに主張していた。
何てこった。
周りの光景を見ていると気が滅入った。それに伴って、俺の脳ミソが一層重くなったように錯覚した。
俺は「頭の重み」に耐えかねて、首を垂れて足下の地面を見ていた。すると、俺の視界の端に「黒い何か」が飛び込んできた。
何か――いる?
俺は気になって「黒い何か」に視線向けた。
そこには、黒い甲冑をまとった騎士が横たわっていた。その全容を視認した瞬間、俺の口から「騎士の正体」が飛び出した。
「魔王っ!?」
魔王が俺の傍にいる。その事実を直感した瞬間、俺は反射的に自分の「右手」を見た。
そこには、「打刀」が有った。
俺の愛刀、「ムラマサ」。俺の生国アシハラに於いて「刀剣随一の切れ味を持つ」と言われる稀代の名刀だ。
これが有れば、この間合いならば、魔王を殺すことができる――はずだ。
俺は視線に殺意を込めて魔王を見た。その瞬間、俺の視界に煌めく白金色の髪と、完璧に整った美貌が映った。その事実に気付いた瞬間、
「!」
俺は思わず息を飲んだ。それと同時に、俺の心臓が「ずしんっ」と弾んだ。
胸が痛いっ。これは、魔法か?
謎の感覚に、俺は困惑した。しかし、斯様な些事に構っている場合ではなかった。
目の前に「敵」がいて、俺の右手に武器が有る。「相手は規格外の化け物」という事実を鑑みれば、「今」という機会は、俺に残された唯一無二の好機だろう。
俺はムラマサを八双に構えながら魔王に接近した。それに対して魔王の方は、
「…………」
全く動かなかった。俺が打刀の間合いに入っても、魔王は全く動かなかった。それどころか、彼女の瞼は閉じられたままだった。
こいつ、死んでいるのでは?
死んでいるのなら、態々殺す必要も無い。俺はムラマサを下ろし掛けた。しかし、よくよく魔王の顔を見てみると、鼻が微かにヒクついていた。
呼吸はしているようだ。まさか、狸寝入りではあるまいな?
好機なのか? 或いは罠なのか? 直ぐには判断が付かなかった。しかし、魔王を倒すならば、「今」を措いて他に無い。
俺はムラマサを大上段に構えた。それを振り下ろせば、魔王の首が物理的に飛ぶ。その光景を、俺は鮮明に想像した。それを具現化することが、冒険者、愛洲来寿に与えられた使命だった。しかし、それでも――
「止めておこう」
俺は敢えて声に出して、掲げていたムラマサをユックリ下ろした。
俺の視界に映った魔王の寝顔は、「純真無垢」を具現化したような、この上なく安らかなものだった。
こんな顔をされたら、例え中身が化け物でも――斬れぬ。
我ながら「甘い」とは思う。しかし、この俺、愛洲来寿に子どもは斬れない。そもそも、俺がアシハラを出国した主因が「それ」なのだ。
俺は仏心を全開にして、魔王が起きるまで見守るつもりでいた。この場にいるのが俺達だけであったなら、俺の慈善活動は完遂できただろう。
しかし、ここで思わぬ「闖入者」が現れた。
俺が魔王の寝顔を見て、「可愛いな」とか、「子どもみたいだな」とか、「こいつ、『魔王』というより『女神』では?」と、勝手な感想を抱いていると、背後から「何か」の気配が漂ってきた。
「何奴っ!?」
俺は反射的に振り向いて、「気配の元」を探った。
すると、渓谷の奥に「犬」を見付けた。
それは、人間を超えるほどの「大型犬」だった。しかし、一目見て「死にかけている」と直感した。
そいつの体は、骨が浮き出るほど痩せ細っていた。左後脚が全く動いていないようで、それを引き摺りながら歩いていた。
さて、どうする?
放っておいても、勝手に力尽きそうに見える。しかし、そいつを放置することに、俺は強い躊躇いを覚えていた。それどころか、敵愾心を覚えて、戦闘意欲を掻き立てていた。
こいつは――「魔物」だ。
一見、「犬」と思った。しかし、そいつの頭は「三つ」も有った。尻尾は「二股」に分かれていて、先端部分が激しく燃え盛っていた。
そんな犬、俺は知らない。「絶対に魔物だ」と断言できる。しかし、「どんな種類の魔物だろう」と想像すると、残念ながら該当するものは閃かなかった。
魔物に付いて、もっと勉強しておけば良かった。
俺は自分の無知を恥じた。しかし、「それも仕方ない」と言える事情が、この犬のような魔物には有った。
後で知ったことだが、この三頭犬(仮称)は、創造の女神ネフィリアが「封印の壺」に封じた「失敗作」だった。
斯様な事情も知らず、俺は「一刀の下に斬り捨てる」と息巻いていた。しかし、直ぐに実行できなかった。今の俺には、片付けなければならない問題が「足下」に有った。
そこには、漆黒の鎧をまとった少女が横たわっていた。彼女の瞼は未だ閉じられたままだった。
起こすべき? いや、こいつを起こすのは――拙い。
俺と魔王は敵同士。少なくとも、魔王は俺を「敵」と認識している。彼女を起こせば、彼女と戦う羽目になる。そうなる前に、彼女を説き伏せる自信は、今の俺には無かった。
寝かしたままにしておこう。しかし、このまま放置しておく訳にもいくまい。
俺は魔王の傍らに膝を突き、彼女を抱えようと両腕を伸ばした。その際、彼女の寝顔が思い切り目に入った。
本当に、子どものような純真無垢な寝顔だった。それを見詰めていると、俺の中の父性、庇護欲が掻き立てられた。その想いが、俺の口を衝いて出た。
「お前は、俺が守ってやるからな」
それは、きっと俺の「素直な想い」だったのだろう。しかし、それを口にして、自分の耳で聞いた瞬間、俺は強い後悔の念を覚えた。
今の台詞は無い。敵の、それも女性に言って良い台詞では、断じてない。
俺は「聞いてないよね?」と念じながら、魔王の様子を確認した。すると、
「んっ」
「!?」
魔王の口から声が漏れた。それが聞こえた瞬間、俺の体が固まった。
起きたのか? さっきの台詞を聞かれたのか? 処すか? いや、それは無理。ならば、召すか? 俺の腹を。
俺は恐る恐る「魔王の目」を確認した。すると、それは閉じたままだった。
魔王は熟睡していた。「流石」と言うべきか、「呑気」と言うべきか。何れにせよ、今の俺にとっては「僥倖」と言える状態だった。
俺は、左手を魔王の膝裏に、右手を彼女の背中に回して、
「よっこらしょ」
抱え上げた。その瞬間、魔王を抱えた両腕が、地面の方へと強力に吸い寄せられた。
「お、重っ」
魔王が金属鎧をまとっている為、存外に重かった。
しかし、「武士は食わねど高楊枝」。
俺はアシハラの諺を念じながら、意地と根性で魔王を渓谷の絶壁の方へと運んだ。その際、俺は自分達の格好が少し気になった。
ああ、これってあれか。「お姫様抱っこ」と言うやつか。
今の俺は「魔王を守護する騎士」だった。その役割を想像した瞬間、俺は「柄じゃない」と自嘲気味に苦笑した。
騎士、愛洲来寿は、姫魔王の体を絶壁の際に下ろした。彼女の背中を「巨大な背もたれ」に預けたところで、俺の口が勝手に開いていた。
「お前は、俺が守ってやるからな」
また、言ってしまった。それに気付いた瞬間、「やっちまった」と後悔した。
同じ失敗を繰り返す者を、世間では「馬鹿」という。その愚行の報いは、直後に受ける羽目になった。
「んっ」
「!?」
魔王の口から声が漏れた。それに気付いた瞬間、俺は直ぐ様「魔王の目」を確認した。
魔王の可憐な瞼は、未だシッカリ閉じられていた。その事実を確認して、俺は「ほっ」と安堵の溜息を吐いた。
俺が魔物を倒すまで、起きてくれるなよ?
俺は心中で「魔王の安眠と無事」を祈念した。それが通じるか否かは、女神のみぞ知る。俺が魔王にしてやれることは、「祈り」と「魔物退治」だけだ。
俺は魔王の寝顔を見詰めながら、ユックリ立ち上がった。
「行ってくる」
俺は「漆黒の眠り姫」に出掛けの挨拶をした。それを口にした瞬間、俺の全身に「錐のような鋭い視線」が突き刺さった。
どうやら、「あちら」も「こちら」を見付けたようだ。
冒険者を生業にして以来、何度も経験してきた感覚だった。それに反応して振り返ると、「三対の目」と視線がカチ合った。
その瞬間、俺の体がおかしくなった。
魔物と目を合わせているだけで、俺の額に脂汗が噴出した。脳内では「生命の危機」を報せる警鐘が鳴り響いていた。
どうやら、相手は強敵のようだ。
冒険者としての勘は、俺に逃亡を勧めていた。しかし、それを全力で拒む台詞が、俺の脳内に響き渡っていた。
(お前は、俺が守ってやるからな)
武士に二言は無い。俺はユックリ三頭犬の方へと歩き出した。三頭犬の方も、フラフラ千鳥足を踏みながら、俺の方へと近付いてきた。
現況、「煤けた渓谷」の道幅は、凡そ八メートル。そのど真ん中を、俺と三頭犬は互いに吸い寄せられるように歩いていた。
どちらも退かない。どちらも止まらない。そのまま接近して、彼我の距離が十メートルほどに迫った。そこで漸く、俺は脚を止めた。すると、三頭犬の方も脚を止めていた。
「「…………」」
互いに無言で見詰め合っていた。その間、俺はムラマサの切っ先を三頭犬に向けて中段に構えた。左手でムラマサの柄頭付近を掴み、右手は鍔付近に添えた。
アシハラ流剣術に於ける基本の型、「正眼」。
三頭犬は、魔物であり、「犬」でもあった。何れにせよ、所詮は畜生だ。策も何も無く、こちらに向かって真っ直ぐ突っ込んでくる――はずだ。
俺は過去に討伐した「畜生系の魔物」を想起して、三頭犬の行動を予想した。ところが、「それ」は外れた。
三頭犬は、その場に留まったまま、三つの口を開いた。すると、喉の奥から「燃え盛る炎」が吹き上がった。
「!?」
三対の口から、大量の炎の奔流が飛び出した。その様子を見て、俺は驚いて息を飲んだ。
紅蓮の炎が、煤けた渓谷内に広がっていく。その光景を目の当たりにして、俺は自分の最期を直感した。
ところが、ここで奇跡が起きた。三頭犬の炎は、何故か「俺」を避けていた。その事実を直感した瞬間、俺は自分の幸運を女神に感謝した。
しかし、奇跡ではなかった。三頭犬は、態と「俺」を避けていた。そうせざるを得ない事情が、奴の「炎」と「腹」に有った。
三頭犬の炎は、「鍛冶場の炉」よりも高温だった。それを真面に浴びたならば、人間如き一瞬で炭化する。その事実を、奴は経験上知っていた。
炭になった肉は、犬も食べない。
三頭犬は、炎で「獲物の退路」を断った。その上、「獲物の旨味」を増そうと、俺の肌をジリジリ焙っていた。
三頭犬は存外にグルメだった。その事実が、俺を「炭化」から救っていた。それに関しては、やはり「幸運」と言える。しかし、ここには俺の他に、「もう一人」いた。
魔王は無事か?
三頭犬が吐いた炎は広範囲に及んでいた。その事実を直感して、俺は魔王の様子を確認したい衝動に駆られた。しかし、それは堪えるしかなかった。
今は、三頭犬から目が離せない。
俺は三頭犬の様子を窺い続けていた。肌が焼けても目を離さなかった。瞬きすらしていなかった。
しかし、俺が「魔王の安否」を気にした直後、俺の視界から三頭犬の姿が消えた。
「!?」
俺は直ぐ様三頭犬の姿を探そうとした。その刹那、俺の右肩に鋭い痛みが奔った。それに遅れて、右肩が異様に「軽く」なった。その感覚が気になって、俺は直ぐ様右肩を見た。
そこには、「何も無かった」。
「!?」
俺の右腕が、肩口から消えて無くなっていた。その事実を直感した瞬間、俺の右肩からドバっと血が噴き出した。
何が、どうなった? 何で、こんなことに?
俺は困惑しながら、「自分の右腕」を探して周りを見た。
すると、俺から三メートルほど離れた辺りに「三頭犬の姿」を見付けた。その右端の口には「俺の右腕」が咥えられていた。
「!?」
俺の右腕は、三頭犬に噛み千切られていた。その事実を目の当たりにして、俺は驚いて息を飲んだ。
こいつ――速い。
俺は直ぐ様反撃――いや、敵からの「追撃」を警戒した。しかし、俺の予想に反して、三頭犬からの追撃は無かった。
三頭犬は、俺の想像通り、いや、それ以上に「畜生」だった。
三頭犬は余程腹が減っていたようで、食い千切った俺の右腕を、「三つの頭」が相争うように啄んでいた。
俺の右腕が、そんなに美味いのか?
きっと、筋ばかりで美味しくないはずだ。しかし、三頭犬にとっては御馳走のようだ。
三頭犬は食い意地が張り過ぎで、それぞれの頭がろくすっぽ噛まずに飲み込んでいた。その為、空っぽの胃が受け付けず、再び口から吐き出す始末。その「戻したもの」を他の頭が――と、兎に角酷い有り様だ。正直、見るに堪えない。目を背けたかった。しかし、ここで目を背ける訳にはいかなかった。
これは、敵を仕留める好機では?
三頭犬は、俺の腕に夢中になる余り、俺のことを忘れている様子。しかも、左後脚部が故障している為か、その場に留まり続けていた。
俺には未だ左手が残っていた。そこにはムラマサが握られていた。
この一撃に、俺の全てを懸ける。
俺は周囲の炎に焙られながら、三頭犬の真横に張り付いた。それと同時に、左手だけで「霞の構え」を取った。そのまま三頭犬の胸部、その奥に眠る「心臓」に狙いを定めた。
(ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!)
俺は小声で「アシハラ流剣術に於ける『必殺の一撃』を放つ掛け声」を絶叫しながら、ムラマサの切っ先を思い切り突き立てた。
その瞬間、俺の左手に凄まじい衝撃が奔った。
硬いっ!? これは「石」か? はたまた「鉄」か?
三頭犬の表皮は、ネフィリムの生物とは思えないほど硬かった。それに阻まれて、ムラマサの切っ先は一ミリも埋まらなかった。
こんな化け物が、この世にいようとは。
もし、三頭犬が万全の状態であったなら、俺は手も足も出ずに餌になっていた。しかし、「今」のこいつなら、そして、「今」の俺ならば、希望は未だ有った。
アシハラ流剣術奥義、「鎧通し」。それを使えば、三頭犬の防御を突破できる――はずだ。
俺は直ぐ様「右手」で柄頭を叩こうとした。ところが、今の俺には「それ」が無かった。その事実を直感して、俺は心が折れ掛けた。その瞬間、俺の脳内に「俺の言葉」が閃いた。
(お前は、俺が守ってやるからな)
武士に二言はない。俺は右手に代わる部位は無いかと考えた。すると、天啓が閃いた。
俺には未だ「頭」がある。
俺はムラマサの柄頭に向かって、思い切り「頭突き」した。
その瞬間、凄まじい衝撃が頭蓋骨を襲った。それと同時に、俺の額がパクリと割れた。恐らく、頭蓋骨も割れただろう。しかし、犠牲を払った甲斐は有った。
ムラマサの切っ先は、三頭犬の表皮にズブリと減り込んでいた。
一度入り込んでしまうと、後は「自動的」だった。ムラマサの刀身は、三頭犬の体内に吸い込まれるようにズブスブ埋っていった。その事実を直感しながら、俺は「トドメ」とばかりに、もう一度ムラマサの柄頭に頭突きをかました。
俺の頭蓋骨は、多分陥没した。しかし、その甲斐は有った。
ムラマサの切っ先は、三頭犬の「心臓」に届いていた。その分厚い筋肉に刀身が埋まったところで、俺はムラマサの柄を口で咥えた。
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!!」
俺は満身の力を込めて、ムラマサを思い切り捻った。すると、俺が穿った傷口が大きく開いた。その直後、大量の血液がドッと飛び出した。
これでどうだっ、やったか? やっただろう!!
俺は顔中に血飛沫を浴びながら、勝利を直感した。しかし、その結果を確認することはできなかった。
三頭犬の姿は、再び俺の視界から消えた。その事実を直感した瞬間、俺の体は「三方向」から散々に噛み付かれていた。
俺の体がドンドン軽くなっていく。俺の視界に「宙を舞う自分の手足」が映っていた。
ああ、愛洲来寿、ここに死す。
俺は自分の最期を直感した。その瞬間、猛烈な眠気に襲われた。それに抗えず、俺は瞼と一緒に人生の幕を下ろした。
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