第7話 季節の始まり(2)

 いや。

 忘れていたというより、初子はつねのいたずらじゃないか、ほんとうはそんなの撮ってないんじゃないか、と思っていた。

 写っていたのは、腰をかがめてこちらを向いた、二人の女の子。

 紙の長い子は、髪が肩をこえて前に回るのを、片手で押さえている。もう片方は肩を前に出して髪が前に回らないようにしている。

 その子は、目を細めて、口もとに自然な笑みを浮かべていた。

 その子に負けないように、と、顔を突き出しているのは、髪が軽くくせ毛の女の子だ。口を、軽く結ぶのと強く結ぶのの中間ぐらいの力で結んでいて、ちょっと不機嫌顔? でも、それがなんだか凜々りりしく見える。

 登山用なのか何なのか、しっかりした生地のジャンパーを着た少女と、ふわふわのウールのジャンパーを着た少女とが肩を寄せ合っている。

 そして、この写真一枚を見ただけで、わかる。

 わかるだろう。

 肩を寄せ合っている二人の少女は、息をするリズムもぴったり合っていたに違いない、と。

 それは、初子が箱形のカメラを反対に向けて、二人の顔が朝日を浴びるようにし、ピントの合うところをあらかじめ決めておいて、そこに二人の顔が来るように、二人で並んで腰をかがめて撮った写真だ。シャッターは、初子があの「レリーズ」というもので切った。

 二人の少女の後ろはピントが合っていないので、何が写っているかよくわからない。顔のところだけピントが合っている。

 そして、さっきの写真にもあったふしぎな色合い、それと、ぽーっと浮かび上がったような、このカメラで撮った写真にしかない感じ……。

 わたしたちって、こんな女の子たちなんだ。

 嬉しかった。

 嬉しかったから、メールで感謝のことばを贈ろうとする。

 スマホを取り上げると、メールが着信していた。

 書くのを後回しにして、開いて見る。

 問題の河辺こうべ初子からだった。

 「いま写真を持って行きました。叔母様(でいいんだよね?)から、制服を取りに行ってる、と聞きました。会えなかったのは残念。制服はわたしは配送してもらったんだけど。もうすぐ、同じ制服で通学だね。サックス色、薄い水色のセーラー服はわたしは気に入っています。長いつき合いになりますよ。覚悟しましょう。(笑) よろしくお願いします」

 美和は、ふうっ、と、大きく息をついた。

 だから、何を覚悟するんだ?

 スマホを机の上に置いて、顔を上げる。

 さて。

 この自称わがままお嬢様に何を書くかな。

 美和は、ひとつ息をつくと、窓際に歩み寄った。

 まだちょっと寒いかな、と思ったけれど。思い切って窓を開けてみる。

 初子と会った朝、ベランダに出たときに開けた窓だ。

 あっ、と思った。

 あのとき、最初に見たもの。

 それは、夜が明ける前に、先に明るくなっていた空だった。

 ああ、と思う。

 この制服のサックスブルーというのは、あのときの空の色なんだ。

 たぶん、美和と初子にとって、そして同じ高校に通う同じ年代の女子にとって、いまから空色の季節が始まる。

 自分の一生のなかの、空色の季節。

 さて。

 あのお嬢様に、どういう返事をするかな?

 もう少し時間をかけて考えてもいいよね。

 美和は、スマホを机の上に置いたまま、空を眺め続けていた。

 青くて、白い薄い雲がただよっている空色の空を。


 (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る