第6話 季節の始まり(1)

 その初子はつねがわざわざ封筒で何だろう、と思って、開けてみる。のり付けはしていなかったので、封筒はさっと開いた。

 「ああ」

 二十センチくらいの、正方形の写真。

 表面がつるつるの分厚い紙。

 そこに、あの明るい雲も含めて、あのときの空の様子が映っている。

 いや。美和が気づかなかった細い雲が、うすだいだいの色に染まっているところまで写っている。

 手前は、小清おさやかやまの頂上から、手前の幼稚園の木や向こうの家の木まで含めて、完全に黒いシルエットで写っているのだが、そこもただ暗いだけではなくて、その美しい空を下から縁取っているように見える。

 二枚めは、全体にもっと暗い。空もあのときよりももっと暗い色に沈んでいる。そこにほんとうよりも暗い色の太陽が昇ってきている。

 あのときはこんなに暗くはなかったと思う。でも、闇っぽい時間のなかに、やっと太陽が昇ってきた、という感じは強く伝わってきた。

 三枚めは、逆に、空は白くなってしまい、どこから太陽が照らしているかもよくわからないような写真だったが、そのかわり、手前の小清山や幼稚園の木立ちが鮮やかに写っていた。これを見ると、美和みなが安易に「小清山は木が植わっているだけで表情があんまりない」とか言ったのが否定される感じがする。寒い季節を抜けて明るく緑色になった木々の様子がよく映っている。

 四枚めはもっと明るくなってからの写真で、小清山と、幼稚園や隣の家の木立とのあいだの距離もよくわかる。川路の街は両側の木立ちの向こうで、どこにも写っていないけれど、その街がこれから目覚めるんだろうな、ということを感じさせてくれる写真だ。

 その四枚の写真は、もちろんほんとうの色を写しているのだろうけど、全体にふしぎな色合いがあって、そのふしぎな色合いで統一されている感じがした。

 これが手で撮るカメラ、しかも、何から何まで手で動かさないと行けないあの箱みたいなカメラで撮った写真なんだ、と思う。

 最後の一枚は薄い紙で包んであった。

 その紙の表面に小さい封筒が貼りつけてある。

 美和は、写真をいったん机の上に置き、その封筒を剥がしてみる。

 やはり封はしてなかった。

 なかからは、小さい便せんを二つ折りにした手紙が出て来る。

 手書きだった。

 赤茶色っぽいけいの便せんに、青い、太めのペンで書いてある。

 女の子らしいまるい文字だけど、堂々と力強いところがあって、そういうところもあの初子らしい。

 「すえ美和 様

 河辺初子です。

 このあいだから何度も言ったことだけど、あの朝はお世話になりました。

 ROLLEIFLEX(ローライフレックス あのときの小箱形のカメラです(汗マークらしい手描きの絵文字))で撮った写真は、デジタルデータもあるんだけど、やっぱり印画紙プリントで送りたくて、こうやってお渡しすることにしました。

 こうやって自分の撮ったものを見てみると、まだまだだな、というか、ズームも簡単にできる、明るさの調整も簡単にできる、っていうのに慣れすぎてるな、っていうのがわかるよ。

 これからはおんなじ学校の生徒だね。

 わがまま、暴走しがち、へんな予定を立てがちなこんな女の子だけど、よろしくね(笑顔マークらしい手描きの絵文字)

                     こうべ はつね」

 どこがまだまだなんだよ!

 それと、わがまま、はよくわからないけど、自分で自分のことを暴走しがちでへんな予定を立てがちとかいうお嬢様なんだ。

 それは、注意しなきゃな、と、正直に思う。

 美和は、その手紙を封筒に戻して、封筒が貼ってあった写真を手に取る。

 写真を紙をはずす。

 思わず声が漏れた。

 「あ、これ!」

 そういえば、これを撮ったのを忘れていた。

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