第4話 朝
「どんな写真が写るか、いっしょに見る?」
「うん」
気軽にうなずいたものの。
どうやっていっしょに見るのか、わからない。
スマホやデジタル一眼レフならば、後ろの液晶画面をいっしょにのぞき込めばいいのだけど、そういうものはついていない。
「ん」
そう言って初子が半歩右に寄る。
ということは、その空いたところに行けばいいのだろう。
初子は
肩が触れあう。
初子の息づかいが伝わって来る。
甘い酸い汗のにおいが軽く美和の鼻を刺した。
「ああ」
そうやって初子がやっているのと同じように上から箱をのぞき込むと、箱のなかに、ぽっ、と、その
背後の空はもう
「これがこのまま写真に写るんだ」
「あ、いや」
と初子はあまり大きくない声で答える。
「これ、このままにはならないんだけどね。だいたい、これじゃ左右が逆だし」
「はあ」
と、美和は生返事する。
文字とかが写っていればわかるのだろうけど、小清山のドーム型の山頂では、左右が逆かどうかはわからない。
「レンズが像を結ぶときって、上下左右が逆になるじゃない? だから、フィルムには上下左右が逆に写るんだけど、ファインダーでは上下が逆っていうのは不便じゃない? だからそこは修正してるんだけど、左右は逆のままだからね」
「はあ」
生返事二連発。
今回はそれでいいと思った。
よくわからないんだから。
それよりも、ふれ合った肩から初子の息づかいが伝わるのだけど、美和の、息を吸ったり吐いたりがそれに合ってくる。
おっきいな、初子、と思った。
身長が高いというだけじゃなくて。
ひとりでに初子の動きに合わさせられてしまう。そういう何かが初子にはある。
「さ、そろそろだと思うんだけど」
初子が言う。
日の出が、だろう。
二人でのぞき込んでいるドーム型の山の端から光が漏れ出している。
それは、さっきまでの空の薄橙色とは違う、強い、頼もしい光だった。
「あ」
と、その箱のなかを見たまま、初子が言う。
「一眼のほうのシャッター、美和が切ってくれる? レリーズ渡すから」
「はい?」
「レリーズ」って何だろう? その美和の顔をちらっと見て初子は
「はい」
と何かを渡す。
ボタンのついた、黒い、小さい、楕円形のもの?
「一眼のほうはデジタルだから、レリーズっていうよりリモコンかな」
じゃあ最初からリモコンって言えばいいじゃん、と思う間もなく、初子は
「こっちはこれだけど」
と、右手に握った、銀色に輝くものを見せてくれた。
そこから線が伸びていて、先がいまのぞき込んでいる箱形のカメラにつながっているらしい。先に銀色のボタンがあって、初子はそこに右手の親指をあてていた。
「最初一枚、行っとこうかな」
そう言って初子は箱形のカメラのほうのスイッチを押す。
これでシャッターが切れたらしい。
美和はあわてて自分のほうのカメラもリモコンを押した。
「あ、別に同じタイミングでなくてもいいから」
と初子が言う。美和が返事をする前に
「それと、一眼のほうはじゃんじゃん撮っちゃっていいよ。二眼はあと五枚くらいしか撮れないから、慎重に行くけど」
「はあ」
その美和の生返事のあいだにも、初子は右手で何かのハンドルを重々しく回している。
美和がそのデジタル一眼レフのほうを担当するならば、ここで肩を寄せ合っている必要はない。
たぶん、一人でその箱のなかをのぞけたほうが、初子にとってもいいだろう。
せっかく肩を寄せ合っているのだから、惜しいと思ったけど、美和は立ち上がった。
いままで、その箱形カメラのファインダーというものを通して見ていた、小清山の山頂が目に入る。
「ああ」
と声が出た。
「ほんとにまるい形で昇ってくるんだ」
太陽が。
頭のいい初子には、何言ってるの、とか言われるかな、と思った。
それでもいい。
でも、初子は
「うん」
と言って、自分も背を伸ばした。
肩のところでたわむ長い髪をそのままにして、美和と同じほうを向いて言う。
「ほんと、まぶしいね。夕日のときよりずっとまぶしい」
「うん」
もう生返事ではない。
まるい形の太陽が、半分くらい、小清山のドームの上に姿を見せている。
美和がリモコンで一眼のシャッターを切ると、初子も同じように箱形のカメラのレリーズというものを押した。それからまたゆっくりと右手でハンドルを回す。
背を伸ばすと、初子との背の高さの差はどうしても意識してしまう。
その背の高い初子が、美和の顔を見て言った。
「朝になったから、あらためて、おはよう、美和」
「あっ」
あいさつしてくれたのに、「あっ」はなかろう、と思う。だから、美和も
「あ、初子、おはよう」
とあいさつを返した。
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