ちょっといじわるしちゃった

 昨日捕ってきた鯨をプロイは今日ももしゃもしゃ食べている。すごい食欲。食べ盛りねー。

 でも熊とか山羊とかよりもプロイの食いつきがいい。

 他のお肉だと、啄んでからひょいって口に入れて、上を向いて首を伸ばしてはぐ、はぐ、はぐって喉の奥へと送っていたのに。

 鯨はブチッ、ごくん、だもん。しかもその啄んで飲み下すのを秒も空けずに繰り返してる。

 子供が好物を目の前にした時の勢いってすごい。一心不乱って言葉そのものだ。

 てか、わたしもお腹減ったな。昨日に熊を食べて以来何も食べてないしな。いや、アンティメテルにとって一日一食どころか数日に一回の食事でも生きてはいけるんだけどさ。

 子供がこんなふうに美味しそうに食べてると空腹云々関係なくこっちも食べたくならない? わたしはなる。

「プーロイ。ママにもちょっとちょうだい」

「キィエァ!?」

 え、卵から孵って以来ずっと見守っていた我が子から聞いたこともない声が出たんですけど。

 まさに驚愕って感じで思いっきり目を見開いて、口もあんぐりと開いちゃって、嘘でしょ、って気持ちが全身から溢れ出てる。

 やっばい。きゃわわ。なにこれ。永久保存したい。あ、だめ、プロイにはちゃんと健やかに成長してもらわないと。記憶に刻み付けるのよ、ソニ!

「キ、キィャ?」

 本当に食べるの、だって。怯えた感じの声と表情が可愛い。可愛すぎる。天使。

 視線が物凄くはっきりと、取らないで、お願い、って訴えてる。

 どうしよう。子供を虐める大人とか最低だけど、こんな可愛いプロイをもっと見たくて意地悪したくなっちゃう。

 くっ。わたしのご飯なんてそこら辺の獣狩って来ればいいだけだし、プロイにとって鯨は確かに必須な栄養なのだし。

 でもでも、もっと困らせたい。ママを信じているけどでも本当に取っちゃうかもしれないってビクビクさせたい。

 だって今もわたしと鯨を交互にちらちら見比べて不安と戦ってる。

 うずうず。

「どうしよっかなー。ママも鯨、食べてみたいなー」

「キィエ! キィア!?」

 うわー! プロイがバサバサしてママを威嚇してくるー! 今は雷も発生させられないのに! 無意味に翼をばたつかせて! 自分を大きく見せてわたしを退けようとしてるー! まるで効果がないのがかーわーいーいー!

 慌ててる、慌ててる。まだ鯨の肉は元の形を保っているのに! あんなにいっぱいあるのに!

 ママに取られまいと一生懸命に邪魔してくる。

 でもママは小柄だからそんな大振りな動きは擦り抜けられちゃうぞー。ほらほら、プロイの脇を通り抜けて鯨に近付けちゃうよー。

「キィゥ……」

 ぐわー! なにその声! なにその声!?

 なんなの、その切ない声! 実力で阻止出来なくてもう食べられちゃうって思ったら悲しくなっちゃったの!? まるでこの世の終わりみたいな声だよ、プロイ!?

 そんなわたしがお腹一杯食べたって全体から見たらほんの少しだよ。プロイが昨日から今日まで食べた分と比べても十数分の一だよ。

 ああ、もう、可愛い! 天使! そんな顔されるからママに意地悪されるんだよ! もう! 悪いママね! あ、わたしだった! てへ。

「うそ、うそだよ、プロイ、ごめんね! プロイの鯨を取ったりしないよー!」

 翼でプロイをぎゅっと抱き締めて慰めてあげる。

 意地悪してごめんね。だいじょうぶだいじょうぶ、ママはそこら辺の鹿でも取って食べるから。

「キィ?」

「ほんとほんと。この鯨は全部プロイのもの。これからママが捕ってくる鯨も全部プロイが食べていいよ。ママもいらないし、ギム達にも渡さないから。ぜーんぶプロイの」

「キィッ、キィッ!」

 ふふ、プロイったら口約束だけでそんなに喜んじゃって、これまたかーわーいーいー!

 そんなに可愛いとまた忘れた頃に意地悪しちゃうぞー。一ヶ月くらい後にまた食べちゃおうかなって言っちゃうかもしれないよー。

 ドタバタと太い足で跳ねて小躍りしちゃってる。立派な鉤爪付いてるのに地面に引っ掛けずに飛び回ってるだなんてとっても器用なんだから。

 やっぱりわたしの息子は天才ね! 踊りの才能もあるだなんて!

 賢くて踊りも上手だなんて将来女子に引く手数多だろうね。素敵なお嫁さんを見付けるのよ。

 はー。プロイの可愛い姿見てたらそれだけで満足して食欲なんかどうでも良くなっちゃった。

 ママの空腹も満たしてくれるとかプロイ凄い。奇跡の子ね。

 わたしが鯨に手を出さないって知ってプロイはまた無我夢中で巨体を啄んでる。子供が楽しそうに食べてる姿ってば本当に癒し。何時間でも見ていられる。

「あー、でもお腹空いたなー」

「キィヤッ!?」

 あ、わたしがぼんやりと呟いたらプロイが物凄い勢い良く首を巡らせてきた。

 ごめんごめん、違うよー。プロイのご飯取ろうとしたんじゃないよー。何の気なしに気持ちが口から吐いて出ただけだよー。

 でもプロイは全然警戒を解かなくて睨むようにわたしを見てくる。

 その鯨捕ってきたのママなんだけどなー。でもママに食べる権利はないのねー。しょうがないなぁ、もう。

 プロイを安心させるために、わたしはわたしのためのご飯を探してきますか。

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